埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

リンカーン Mk.V のシャシー整備 4/5

リンカーン マーク 5 (1977-1979) のシャシー整備。
第4回は、リヤブレーキキャリパーの組立てです。


まず、本国オーダーしたオーバーホールシールキットに含まれていなかったOリングを準備します。

ブレーキフルードをシールするOリングの素材は、自動車規格 JASO F404 3種 を基準とします。今回FTECが使用するOリングの素材はエチレンプロピレンゴム、規格は JIS B2401 EPDM-70です。

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パーキングブレーキスラストスクリューのOリング溝を計測して、オリジナルのOリングの寸法を割り出します。分解時に取外したOリングには変形と摩耗があるので、縦横両断面の寸法を計測して摩耗分を考慮に入れ、新しいOリングの寸法を求めます。



近似値のプロフィールをもつOリングを各々数種類比較して、適するものを選びます。
EPDM-70 のОリングは純正部品より柔軟で表面性状も滑らかなので、上手に選べば純正部品以上の耐久性を手に入れることができます


リヤブレーキディスクキャリパーの構成部品を俯瞰した図。
見た目だけではなく機能も整い、組み立てを待っている部品たち。


余談ですが、この写真の2本のOリングは、もともと同じ部品です。


・・・嘘じゃありません(笑)。

太く大きく見える方は、石油系のブレーキクリーナーを吸って膨潤した純正Oリングです。
こんなに影響力の大きいケミカルを「ブレーキクリーナー」という名称で売っても良いのか、疑問に思いませんか?このブレーキクリーナー、ホームセンターでも格安で入手できる商品なんですが。

キャリパーが薄汚れたからといって無闇に吹きかけて掃除したりすると、寿命が縮みますよ。


さあ、部品構成図をしっかりと頭に焼き付けて、リヤブレーキキャリパーを組み立てましょう。


新品Oリングの潤滑には、ブレーキフルードを使用します。

青く見える液体が今回使用するブレーキフルード、Ate SUPER BLUE RACING。エチレングリコール系のDOT-4 規格適合品で、ポルシェカップカーに使用されることでも知られています。

リンカーンのブレーキシステムには一般的なDOT-3規格適合品でも充分なのですが、FTECではフルオーバーホールの際にこのブレーキフルードの青色が役立つことから、オーバースペックを承知で使うことがよくあります。


ピストン側のボアにピストンシール (#2B115) とダストブーツ (#2207) をセット。


ピストン&アジャスターアッセンブリー (#2B588) をセット。


ピストンをボアの底まで落とし込み、ダストブーツの据わりを確認。
ここまでは一般的なブレーキキャリパーと同じ。


次に、キャリパーハウジングを上下逆に固定。中央にアジャスターが見える。


アジャスターとピストンの裏側を、ブレーキフルードで満たす。


パーキングブレーキスラストスクリュー (#2A873-4) に シールOリング (#386062) をセット。


パーキングブレーキスラストスクリューを、ボアの底に密着してピストンアジャスターのラチェットが作動する直前までねじ込んでいく。締めこみ過ぎ、もしくはラチェットに固着がある場合、ピストンとアジャスターの正しい位置関係が保てなくなり、最悪の場合ピストンからアジャスターが脱落する。


パーキングブレーキスラストスクリューは、左右のキャリパー共に右ねじ。ピストンとスラストスクリューが遊び量ゼロで最接近していないと最後の調整が手間なので、スラストスクリューをねじ込んでいく過程では常にキャリパーハウジングの底に密着した状態を保つ必要がある。

当然、アンチローテートピンの切欠きを合わせる際にも、左回しをしてはならない。


ピストンとアジャスターの位置関係を損なわず、アジャスターのラチェットが正しく機能し、ピストンとスラストスクリューが最接近した状態になったら、最小限の右回しで切欠きを合わせる。


合わせた切欠きに、アンチローテートピン (#2K329) を挿入する。




正しく位置決めされたピストン&アジャスターとパーキングブレーキスラストスクリューの上に、3つのボール (#380243) を乗せる。


シリコングリスを使い、二種類の連続したくぼみのうち、深いほうにボールを収める


3つのボールの上に、パーキングブレーキオペレーティングシャフト (#2A870-1) を乗せる。



シリコングリスを使い、この工程以降確認ができなくなる、3つのボールの位置が狂わないよう固定する。パーキングブレーキオペレーティングシャフト側にある二種類の連続したくぼみにも、深いほうにボールが収まるよう位置をよく確認して取付ける。




パーキングブレーキオペレーティングシャフトの上に、スラストベアリング (#2B598) を乗せる。裏表両面だけではなく、ローラー全体に行き渡るようにシリコングリースを充填する。



パーキングブレーキオペレーティングシャフトとピストン&アジャスターアッセンブリーが最接近の状態にあることを再度確認。


パーキングブレーキエンドリテーナー (#2A872) にOリングシール (#386073) を取付ける。



エンドリテーナーをシリコングリスで満たし、ラバーシール (#2B595) を取付ける。



Oリングとラバーシールを取付けたパーキングブレーキエンドリテーナーをキャリパーハウジングに締め込む。この際、ピストン&アジャスターアッセンブリーの位置に動きがないことを確認する。


ラバーシールの上面はアクチュエーティングレバーと摺動するので、シリコングリースを塗布する。ここの塗布量は最小限で良い。



アクチュエーティングレバーの取付ボルト (386065-S100) に、ロックタイト243を塗布。


パーキングブレーキアクチュエーティングレバー (2B597)。
組付け可能な位置が3か所あるので、裏表もあわせて正しい位置を確認。


アクチュエーティングレバーをボルトで締め付ける。

・ レバーがパーキングブレーキ解除位置にあること
・ ピストンが限界まで戻りきっていること

が確認できたら、リヤブレーキキャリパーを車体に搭載する準備は完了です。


キャリパー単体のオーバーホールが完了したら、それを取付けるサポート側を整備します。

前回の記事(リンカーン Mk.V のシャシー整備 その3)にも書いた通り、スライディングキャリパーの摺動面は平滑に仕上げておく必要があります。

その部分だけ磨き上げてキャリパーを組付ければ、あとは調整次第で最高の性能を引出せます


そうは言っても、フロントブレーキの外観と比べると、このままではちょっとみすぼらしい気が・・・。

リヤ右ブレーキサポートまわりの外観。

下側の摺動面。磨き上げて給脂する。

上側の摺動面。下側同様に仕上げる。

気になりだしたら、見て見ぬふりはできません。

どのみち、ブレーキディスクパッドとローターの隙間を調整しながらキャリパーを取付けるには、ディスクローターは何度も脱着を繰り返さねばなりません。

ほとんど摩耗していないローターですが、計測の邪魔になる要素をあらかじめ取り除いておけば、結局少ない回数で理想のクリアランスに調整できる可能性があります。

また、このままの外観で完成させてしまえばフロントブレーキしか整備していないように見えるので、いつかまた誰かがどこかで、出鱈目な整備を始めてしまうかもしれません。

いろいろと余計なことまで思いを巡らし、もうひと手間かけることに決めます。


リテーニングワッシャーを取外して、リヤハブとブレーキディスクローターを分離。


リヤシャフトのアウターベアリングは健全で、デファレンシャルからのオイル漏れもありません。


前回の記事で紹介した通り、1977年当時リヤブレーキにディスク式を採用した量産サルーンというのは進歩的な存在でした。ブルーのバックプレートはフロントのそれと同様に、放熱性の向上を狙ったよい形状をしています。当時、新車でこのクルマを手に入れることができたオーナーは、ブレーキのブルーを誇らしく感じていたかもしれませんね。








リヤホーシング(= ギヤキャリア)を位置決めするリンクが写真右手に見えます。
ブッシュ類は健全で、現車の積算走行距離が正しいことを裏付けています。


ステンレス製のアンチラトルクリップ。
ブレーキディスクパッドの共振を抑え、ブレーキ鳴きを防ぐための部品です。割れや欠けがないこと、スプリングバックが充分であることを確認したうえで、磨いて再使用。


表面の浮錆を軽く落としてシャシーブラックを簡単に施工した、ブレーキサポートとコントロールアームの外観。キャリパーの摺動面に塗装が及ばないよう管理します



スライディングキャリパーと摺動するブレーキサポート側の上下の面は、キャリパー側の摺動面と同様に平滑に磨き上げて、グリスアップに備えます。


錆と汚れにまみれていたバックプレートも、簡単に清掃して歪みを直します。
その後、フロントブレーキ同様にブルーでペイントしました。




ひと手間かけ終えて、フロントブレーキ同様の外観を得たリヤブレーキサポートまわり。
分解清掃は点検の一部である と心してかかれば、たくさんの情報を得ることができます。





いかがですか?
錆び放題汚れ放題だったリヤハブと比べたら、断然気分が違うでしょう!



気分がどうあれ最高の性能にもっていくのが整備士の本分。
それが正論とは重々承知していますが、やるのは人間ですからね。

「走らせたらどんな性能を発揮するかな」と完成を楽しみに組まれたクルマと、「早くやっつけて一杯やりたい」と嫌々組まれたクルマとの間には、計測できない大きな差があるとFTECは信じています。

次回は、

・ リヤブレーキの調整と取付け
・ タイロッドの交換と調整
・ ショックアブソーバーの交換

を含む、最終仕上げの模様をお届けいたします。