埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

クラウンの車検整備・後編

トヨタ クラウン MS105型(1978年式)です。
車検整備の続きを記事にします。


長期間の放置によって、完全に固着したブレーキの修理を中心にまとめます。
ハブスピンドルとディスクローターが整ったので、キャリパーの様子を見てみましょう。

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第五世代クラウン(1974年~)は、四輪にディスクブレーキを備えています。
パーキングブレーキは、後輪ディスクローター内のドラムに仕込まれる設計。

後年、ほとんどの国産乗用車に採用される方式のブレーキシステムです。




ブレーキの固着には、いくつかのパターンがあります。

一般的に、ドラムブレーキはリターンスプリングがあるので、ドラムとライニングの隙間が正しく調整されていれば固着はしにくいと見做されています。しかし現車のように長い放置期間を経たクルマには一般的な認識は通用しないと心得ておかねばなりません。

ブレーキフルードは大気中の水分を吸着するので、漏出で濡れた部品はもちろんのこと薄い油膜に覆われている部品までも錆付かせてしまいます。

この錆による表面性状の劣化や内部機構の破壊は、ブレーキシステムがディスク式かドラム式かに関わらず、確実に進行する避け難い症状です。

対策としては、

・ ブレーキフルードを距離ではなく時間で管理して定期交換すること
・ ブレーキの内部機構を適切なグリスアップで大気から遮断すること

が有効です。


まず、すべてのディスクキャリパーからピストンを抜きます。

部品を傷めないという意味において、最も安全なのはマスターシリンダーからの油圧を利用する方法です。


ディスクパッドのバックプレートに準じたサイズの合板をダミーパッドに見立て、4輪すべてのキャリパーをピストンが抜け落ちる寸前の状態に揃えます。






ピストンを抜いてキャリパーを覗くと、円筒内のシールリングを境に表面性状が異なっていることが判ります。シールの内側には粘土状の黒いデブリ、外側は濡れ錆の茶色いデブリが付着しています。

原形を損なわないようにデブリを取り除き、素手で組み直せるように回復させます。






ブーツやシールを取り外し、金属部だけになったら下洗いをします。
特別な溶剤を使わずとも、水と熱湯を使い分けることで効果的な洗浄ができます。



ブレーキパイプは取外してユニオンのねじ山をワイヤーブラシで清掃。フルードの通路は洗浄してエアブロー。すぐに錆び始めるので、迅速な作業が求められます。


ピストンのダメージを観察。部品供給があるなら全数交換が望ましい状態。
今回は現品を補修して再使用しますが、今後製作する必要があるかもしれません。



シリンダー側の状態。こちらは比較的容易に回復。



虫食いのようなピストン表面のダメージは、実はどんなクルマにもありがちな症状です。実際この程度の瑕疵であればブレーキグリスを均一に塗布して組立てれば正常に作動します。ブレーキフルードが漏れたり、ブレーキラインにエアが混入したりといった不具合も生じません。

ただ、先にも述べた通りブレーキフルードの油膜が大気中に露出すると吸湿効果によって錆を誘発するので、その点における不利を念頭に周辺部をグリスアップすることが、部品供給の貧弱な国産旧車を長く健全に保つうえで欠かせないポイントだとFTECは思います。




この状態で、全部のキャリパーにピストンを挿入して納まりを確認。
空気ポンプのように作用して何処にもかじりを起こさないことを確かめます。

  

MS105型クラウンのブレーキホースは、全部で5本。
すべてトヨタ純正部品を入手できました。


カシメ部はEリングが省略できる形状に改善されています。

▲ 上 : 旧式 下 : 新式

ブレーキキャリパーのオーバーホールシールキットは、トヨタ共販で購入した社外品を使用します。シールの組付けはアッセンブルルブリカントとしてブレーキオイルを使い、ブーツ類は付属のグリスと粘度(稠度)の高い汎用のブレーキグリスを併用します。


ブレーキキャリパーのスライダーやピストンは、基本的にすべて素手で組付けます
工具で押し込まなければならない原因があるならば、それは取り除く必要があります。


ブレーキが固着したまま運行したことにより、偏摩耗したディスクパッド。
すべて純正新品に交換。バックプレートは清掃点検の後にグリスアップして再使用。

ステンレスのインシュレータはブレーキ鳴きを防止する部品。これも新品に交換します。




磨き上げたブレーキパイプと新品のブレーキホースを装着。


マスターシリンダーのリザーブタンクに新鮮なブレーキフルードを注いでブレーキラインのエア抜きをすれば、ブレーキの作動テストが可能になります。


かくして、固着していたブレーキは健全な状態に回復しました。

前の記事の冒頭で触れた通り、入庫時には様々な故障を併発しており、ブレーキが治ったからといってテスト走行ができる状態ではありませんでした。備忘録を兼ねて、簡単にそれらの修理も付記します。


スターターモーターのソレノイド端子で電圧低下を確認。
対策として、新たに回路を組んでスターターリレーを追加。



形状が崩れて締付けが不能となった鉛のバッテリーターミナル。
真鍮製で当時風の意匠のターミナルに交換。





イグニッションスイッチの接点不良を確認。
トヨタ純正新品に交換。






土埃まみれのエンジンルームを清掃。
EFI化されたM型エンジンの制御は正常に動作しています。


エアクリーナエレメント。
容量の大きさと短い交換サイクルは、未舗装路が多かった当時の道路事情の現れです。




エンジンオイルはSUNOCO製のマルチグレード20W-50
バルブシール類との相性に配慮して選択。



マフラーの腐食もあちこちにありました。

触媒付きで排気温度が高いうえに湿潤な環境で保管されていたので、パイプの内側からも外側からも腐食が進んでいます。

今回は車検対策として最低限の補修で対処。
FTECで製作するなら、純正形状で材質はステンレスに替えたいところです。



ボディフレームに変形がありました。
これは走行中の外的要因で生じたのではなく、整備の際に誤って荷重をかけたのではないかと推察します。簡単な鈑金修理で対処。




ウインドウウォッシャーモーターが勢いよく作動するのに、肝心のウォッシャー液が出ません。ノズルの詰りを清掃し、構成部品を調べます。





モーター内の樹脂製ベーンが失われ、空回りしていました。
配線の長さが違うだけでボルトオンできる代替品をトヨタ共販から購入できます。
グロメットともども新品に交換。





ウォッシャー液の逆流を防ぐワンウェイバルブ。
洗浄で機能の健全性を確認。


ウォッシャー液のデリバリーチューブが、途中で破損しています。
鼠の食害によく似た状態です。モーターからフードまでを代替品に交換。
ようやくウインドウウォッシャーの機能が回復しました。


つづいて、ATトランスミッションのオイルパンを取り外し、オイルパンパッキンとフィルタースクリーン、ATFを交換します。


1978年当時、自家用乗用車のATFは定期交換するものとは思われていませんでした。
もしかしたら、排出されたオイルは39年前にトヨタの完成車工場で注入されたものだったのかもしれません。



オイルパンのマグネットに付着した金属粉。
初期あたりが出たばかり、といった様子。










ミッションケースの油汚れの下から現れたアイシンワーナー(現 アイシンAW)の銘板。

モデルナンバー03-50型はボルグワーナーのライセンス生産品。高評価を得てボルボ等にも採用されたFR車用4速オーバードライブ付きオートマチックトランスミッションです。


さて、再びエンジンルームに目を向けると、補機類を駆動するVベルトがゆるゆるです。
ゆるゆる…というか、間違った長さのベルトが取付けられているのではと思える状態。




すべてのVベルトを新品に交換。
二重掛けのオルタネータ用ベルトのみ、トヨタ純正品が入手できず社外品を採用。


エンジン冷却水を排出。なぜか日産系の緑色が入っています。
いつ充填されたものか判らないので全量を交換。



冷却水のリザーブタンク。洗浄して再使用。




トヨタの冷却水は、やはり赤色でなくては落ちつきません(^^)。


ラジエターのアンダーカバーを塗装して装着。


ブレーキ、ハブ、エンジン、トランスミッション、デファレンシャルの健全性が確保されたので、仮ナンバー(臨時運行許可証)を着けてテスト走行を実施。

ありとあらゆる所が四半世紀ぶりに動くという事を肝に命じて、ゆっくりじっくり温度を上げます。浮遊感のある柔らかな乗り味は今日の国産車とは一線を画すもの。

保安部品の健全性を確認しながら快適に走行。
しかし、夕暮れ時にヘッドライトを点けるとなんだか様子が変です。


非常識なほどに暗い…というか、光軸がまるで合っていません。
ハイビームに切り替えても、ボンネットのすぐ先を照らしているような状態。

調整機構を確認すると、ヘッドライトの取付部分が両方とも破損しています。





ボール軸をはめ込む受けの部品(乳白色の樹脂製ハンガー)が、折損しています。
ヘッドライトを左右同時にぶつけてバンパー類に傷がないということは考えられないので、この折損は経年変化によって材料が脆くなったことが原因ではないかと推察。

この部品は、光軸調整機構のスプリングによる引っ張り方向の力を常に受け続けます。
破損した場合には、スプリング力によって下向きいっぱいに変位する設計です。





トヨタからの回答は残念ながら、ヘッドライトAss'y、ライトべゼルAss'y、樹脂製ハンガーなど、ライト周りの部品は「すべて製廃で再販の予定もない」ということでした。

今回は0.6mmのステンレスワイヤーでボール軸の根元を固定、純正のスクリューで上下左右に光軸を調整できる状態にして良しとします。

こういう部品は3Dプリンターで再生できるように、図面を共有できたら良いですね。


分解整備記録簿を付けながら、持込み検査前の最終チェックを実施。
所沢自動車検査登録事務所に実走で向かいます。







検査ラインを通し、一発で合格と成りました。
希望ナンバーに封緘を付けて、めでたく公道に復帰です!


懐かしい、旧運輸省の車検ステッカー。
味のある風合いで残しておきたい気もしましたが、法令違反なので削除します。



前後編の2回にわたってお届けした、昭和53年(1978年)式 トヨタクラウン2ドアハードトップの車検整備の記事は、以上です。

長い保管中に固まった箇所が活性化されるまでには、相応の走行距離が要るでしょう。
積極的に動かすことで、今の交通の流れに伍して走れるように仕上がります。

何の気兼ねもなく毎日乗れる状態を保つこと。
FTECは、そのお手伝いができることを誇りに思います。




今回の余興は、MS105型クラウン(4ドア)のTVコマーシャル。
キャッチフレーズは、「美しい日本のクラウン」。






5代目クラウンのデビューは、昭和49年。
吉永小百合さんは、まるで別の時間軸を生きているかのようですね!