スズキ ジムニーJA12V型(1997年式)です。
クルマ全体の仕様変更のため入庫しました。
走行距離は130,000km、用途に合わせて修理と改造を施します。
本件用途の特徴として、
・狭隘の林道と豪雪地での取り回しに配慮すること
・居住地から遊興地までの高速移動に配慮すること
が挙げられます。
変更が多岐にわたるので、要点を簡潔に記します。
JA12V型ジムニーは、貨物車として登録できる装備の簡素なグレードです。
改造前提でジムニーを選ぶ人にとっては、かえって好都合なこともあるようです。
現車に乗って最初に問題視したのは、操作系のヤレと配線の乱れ。
特にシフトフィールの曖昧さと後付けされたキーレスエントリーシステムの配線の処理がいただけません。配線はオーディオインストールの際に整理することにします。
前シートを左右セットでレカロに交換、ステアリングはナルディに。
純正バンパー取外し時にフォースメント端がカットされ、単管用のキャップが取付けられています。もうちょっと綺麗に直します。
燃料タンクにアンダーガードを装着。
オーナー曰く、林道では転回できる道幅がちがってくるとのこと。
エアクリーナーケースを取り外したエンジンルームから望む、左ストラットタワー上部。
サスペンションの経年劣化で、タワー上部中央の穴が拡大しています。
症状が進むと突き抜けるそうで、そう聞くと錆びも気になりますね。
この問題の対策には、専用の補強パーツが市販されています。
純正の痛んだタワー上部を、上下から挟み込んで溶接で補強する部品。
プラグ溶接用の下穴をあけて仮組みした後、カップブラシで錆を除去。
下側リテーナを4箇所でプラグ溶接。
上下の荷重は純正タワーが受け持ちますし、リテーナ外径と純正タワー内径の間に遊びはないので、溶接個所に剪断力はかかりません。
溶接箇所が盛り上がらないように注意。
中央穴のセンターを合わせて上側リテーナを溶接。
こちらは周方向への繰返し応力を考慮して下側より溶接数を増やします。
上下リテーナの板厚が純正ストラット上面より多いうえ、シャフトに当たる断面積が大幅に増えるので、中央穴が押し広げられる症状が再発することはないでしょう。
左右ストラットやバンパーレインフォースメントの加工部を防錆塗装。
融雪剤が散布された道路を走行するクルマの基本的な身だしなみです。
前後デファレンシャル、トランスミッション、トランスファーのオイルを交換。
ドレンプラグのマグネットには、大量の切粉が溜まっています。
各ユニットとも、このような状態でした。
前後デファレンシャルとトランスファーにはレッドラインのGL-5、トランスミッションには同じくレッドラインのMTLを注油します。
ラジエターをケミカル洗浄してエンジン冷却水を交換。リザーブタンク内も点検して洗浄。過去のメインテナンスも悪くはなかったことが分かります。
リヤサスペンションには、ラテラルオフセットブラケットを装着します。
もとのラテラルは総ステンレス製。清掃と点検の結果、これは再使用できると判断。
JA12のラテラルオフセットブラケット。この商品はトレーリングアームの後端と共締めする構造です。
オフセットブラケットと併用するラテラルロッドの評価は、
・アジャスターがスムースに回ること
・新しい長さまで安全に延長できること
・両端のブッシュが健全であること
を見ることが肝要です。
つづいて、シフトフィールの改善に取り掛かります。
現状は節度が無く、シフトゲートが曖昧な印象。
マットやブーツの状態から予想する限り、ここは過去に整備されたことがなさそう。
シフトコントロールレバー周辺を分解清掃して痛みを確認。
純正より遊びの少ない社外品のカラーを利用して改善を図ります。
トランスミッションケース左右のサービスプラグから、シフトリターンスプリングを交換します。これによって、ニュートラル時にシフトレバーが中立を回復しやすくなります。
幸い、折れてはいませんでした。もしスプリングが細かく折損していると、ミッションからすべてを取り出すには注意深い作業が必要です。
プラスチック製の純正シフトノブを、スズキ純正の他車流用品で本革巻きに変更。
インターフェースの変更は、機構部分が完全であってこそ活きてくる。
ステッチの感触がナルディのそれに近いのも嬉しいところ。
次に、最初に問題視した配線の乱れを直します。
ステレオヘッドユニットを取付け、スピーカーとスピーカーケーブルを交換。
乗り降りの際に足を引っ掛ける配線の取回しを純正風に改善。
キーレスエントリーシステムは、購入時に装着されていた社外品。
動いたり動かなかったりする状態でしたが、配線を見れば納得です。
ドア部はトリムに挟んであっただけなので、純正オプション風に修繕します。
元来シンプルな道具感が売りのジムニーですから、快適装備をアップグレードして操作性を損なうようでは興醒めです。
配線を綺麗にすることはトラブルの回避にもつながる
というのが、FTECの考えです。
バックドアがヒンジの傾斜で勝手に閉じてしまうので、ダンパーを交換。
こちらはステアリングのナックルシール。珍しい壊れ方をしています。
本来リテーナで内側に抑えられているべきフェルトのパッドが、外に露出していますね。どうしてこんな事態になったのでしょうか?
ナックル周りを分解点検。内部に水分や異物が侵入していないかを確認。
この時、ボール状のナックル部に塗られているパスタ―(=黒い防錆塗装)の様子がおかしいことを発見。ステアリング操作による稼動状態を想定すると、塗料の付着している範囲がこうなる道理はありません。
この防錆塗装はステアリングを中立にして厚手に塗られ、固く乾くまでそのままだったと思われます。そのせいで、ステアリングを操作するたびにナックルシールが抉られて破損し、フェルトのパッドが外部にせり出してしまったのでしょう。
ナックル部の防錆塗装を取り除き、シールがスムースに滑るように組立てます。
内側のリテーナを洗浄して点検。再使用可能と判断。
リテーナのボルトを点検。洗浄と研磨を経て、一部を除いて再使用を決定。
外側のリテーナ。よく見ると、一枚のボルト穴周辺に歪みがあります。
このボルトは、締め付け後の座面の高さがカラーで決まる設計です。
つまり、カラーの高さでシールとパッドの拘束圧力が決まるということ。
歪みのあったリテーナには、右側のボルトが使われていました。
これがリテーナを変形させた原因であることは明らかです。
不適切なボルトを純正新品に替え、ナックルシールを組付けます。
純正部品で正しく組立てられたナックル。
ステアリングのジャダーなど、複数の原因が関わる故障の修理に備えるためにも、手を入れた箇所は疑わなくてもいいように仕上げることが肝要です。
床下に、前プロペラシャフトのブーツからグリスが飛散した跡を発見。
スプラインを清掃して新品ブーツに交換。
スプリングとショックアブソーバーも交換します。
セットする車高は純正の2インチアップ。もとの車高とほぼ同じです。
ショックアブソーバーのボルトも、その他のボルトと同じ様に点検します。
既に社外品が装着されている場合、再使用も初めてではないので注意が必要です。
過剰な締付けによって機能を失っていたスプリングワッシャーは交換しました。
ラバーブッシュへの給脂は、初期なじみの改善に有効です。組付けにあたっては、グリスがあれば少々ずれても大丈夫、という甘い考えを破却することが肝心。
メタルとラバーが正確にコンタクトするように、細心の注意を払います。
後ショックアブソーバー下側。不適切な取付けによって、ブラケットが歪んでいます。
カラーの種類を間違えたか、入れ忘れたのでしょう。
ボルトの締付けによってブラケットの間隔が詰り、新品のショックが入りません。
歪みを直して防錆塗装を施しました。
ショックアブソーバー上下端のブッシュにも、シリコングリスを塗布します。
ショックアブソーバー下側ボルト。
表面の浮錆を落として雄ネジの山を磨いて点検、再使用。
新品ショックアブソーバーが減衰力調整式の場合、FTECでは中立より柔らかめに調整してお渡しすることが慣例となっています。これは、各部の初期馴染みをよくするために、ゆっくりとした大きいストロークが有益だからです。
ラテラルロッドの長さを調整し、前後ホーシング(ギヤキャリア)の左右のずれを補正します。この作業はステアリングのセンター位置にも影響するので、走行テストを繰り返して車高が馴染んでから、まず後側を決め、次に前側を決めます。
最後にエンジンオイルエレメントを交換し、レッドラインの5W-30を給油して完成。
新オーナーの用途と嗜好に合わせた改造と、130,000㎞から先の走行を見据えた整備を、駆け足で紹介しました。お読みいただいた方々にとって有益な情報が含まれていることを願います。
FTECの整備品質に、車格や車齢は関係ありません。
もちろん、ボルト1本ワッシャ1枚に至るまで新品でという特別なご要望があれば、それを尊重して作業にあたります。それでも現場で出くわす様々な事態はFTECにゆだねられた決断を試してくるので、「どんなクルマも等しく危険で、かけがえのない楽しさを持っている」という信念を胸に、緊張感をもって正しい選択をしていきたいと考えています。
この動画は、スズキの2ペダルMT「AGS」の解説です。
もしかしたら、次に出るジムニーは全車2ペダルになるかもしれませんね!