埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

サリーンS281SCのエンジン整備 3/3

サリーンS281SCの、エンジン整備の続きです。

前回は、交換部品の見極めと再使用する部品の仕上げをお伝えしました。今回は、エンジン側の組付け準備とスーパーチャージャーのオイルについて、解ったことを記事にします。


アイドルプーリーの配列に関して、サリーンの記録と現車が違っていたことは第一回にお伝えした通りです。スーパーチャージャーのオイルについても、予想外のことがありました。

.
組付けに相応しい状態に整えた再使用する部品を、新しい部品とともに整列させます。ボルトはもれなく磨いてねじ山を点検、必要に応じてダイスで修正します。嵌合面は清掃して平滑を確かめ、Oリングの溝内からは細かな付着物を取り除きます。


これはサリーンの設計による、アルミダイキャスト製のオルタネーターブラケット。

大事なのはボルト穴周りの嵌合面ですが、全体にも軽くワイヤーブラシをかけて清掃します。プーリー径がφ90かφ76かを見極める際にベルトによる汚れを読み取りましたが、全体を綺麗にして組めばこれから先の情報が同じ場所に刻まれることになり、有益だからです。


エンジン側の吸気ポート周りには、アルミの腐食によって生じた錆が斑に付着しています。新品のパッキンに設計通りの寿命を期待するには、こうした付着物はすべて取り除く必要があります。これは、シリンダーヘッドに限らず全ての嵌合面に共通することですね。


アルミは柔らかい金属ですが、表層のアルミナ(AL2O3)には鋼を研削できる程の硬さがあります。その上に生成された水和酸化アルミニウムの結晶はセラミック砥石で容易に剥がせますが、吸気ポート等の開口部に落としてはいけません。パッキンや液体ガスケットによる付着物の除去には、3Mのスコッチブライトが便利です。


念のため付記しておきますが、削るのではなく剥がすのです。表面に付着物が残っているかの確認は、指でなぞれば判ります。訓練された自動車整備士でなくても、人間の指先には1/100mmの段差を感知する能力が備わっていますから。


嵌合面が整ったら、ねじ山をタップで仕上げます。
この中に付着物があるままボルトを締めたらどうなるかは、容易に想像できるでしょう。




水冷インタークーラーの冷却水ポートまわりのOリング。
スーパーチャージャーのケース内側で水密を保証する部品です。


水冷インタークーラーのコア。よく観察すると、漏れを修理した痕跡があります。

インタークーラーの冷却は、専用のウォーターポンプとラジエターを使い、エンジン冷却水と同じ種類のL.L.C.を循環させて行います。インタークーラーの冷却水路にかかる圧力は、エンジンの冷却水路にかかる圧力よりずっと低いので、水密検査の圧力は適切な数値に設定する必要があります。



スーパーチャージャーユニット外側のフィッティング取付部。インタークーラー用冷却水のインレットとアウトレットがここになります。フィッティング側のOリングが所定の性能を発揮するには、この面が整っていることが大切です。


過給圧コントロールバルブのアクチュエーターを点検。
バタフライバルブは常に軽く動くように組付けます。



バタフライバルブのストップスクリューは、バルブが前後の圧力差で固着しないように、全閉時の隙間を調整します。アクチュエーターのテストで開閉のための力が分かるので、マニフォールドブーストとバルブの径、バルブ周りのスラッジの量などを考慮して組付けます。



S281SCのスーパーチャージャーがリショルム式コンプレッサーであることは前述の通りです。システムはひとつのプーリーでベルト駆動され、2本のスクリューローターはタイミングギヤで同期されています。

【ご参考】

リショルム式コンプレッサーの構造を解説する動画がありました。ユニットの外形状が違いますが、2本のスクリューローターをタイミングギヤで同期する点は同じです。




タイミングギヤを破損した、サリーンシリーズⅥスーパーチャージャーの写真もありました。これらの生々しい情報は、サリーンのフォーラムサイトで読む事が出来ます。

【引用元】



スーパーチャージャーオイルの役目はこのギヤボックスの潤滑であり、サリーンは NYE ルブリカンツ605を定期交換部品に指定しています。


NYEシンセティックオイル605は、スーパーチャージャー用オイルとしては一般的な商品で適合車種も幅広く、米国ではアマゾンで購入することもできます。とはいえ、サリーンの代理店もフォードディーラーも無い日本ではそこまで簡単には調達できず、米国から航空便で取り寄せる手配をしました。

ところが、このオイルだけは送れない と本国から通知が。

サリーン指定のNYE605が何らかの事情で送れないのであれば、他にNYEルブリカンツが互換性を保証するオイルにするのが道理です。データシートに明記されているオイルは、

・FORD ESE-M99C115-A
・GM 12345982

の2商品。これらのオイルはそれぞれ、

・FORD ESE-M99C115-A は、Motorcraft XL-4 と同じ
・GM 12345982は、AC Delco 10-4041と同じ

ということが判っています。

日本国内で調達するなら正規ディーラーのあるGM系の方が易しいと考え、同じオイルを使うスーパーチャージャーを装備するキャデラックCTS-Vを扱うディーラーに問い合わせたところ、次のような回答が。


意外でした。セーフティデータシートを詳しく調べたところ、このオイルは輸送に必要な認証を得ておらず日本では在庫しないと明記されていることが判明。これは、本腰を入れて探さなければならないようです!





NYEのデータシートからは

・推奨使用温度域:-40~150℃
・ベースオイル:エステル系
・動粘度:8.7216 cSt @100℃、52.984 cSt @40℃
・粘度表示:139 (ASTM D-2270)
・発火点:304℃
・流動点:-54℃
・揮発性:0.24% @100℃ 24hours
・密度:0.9474g/㎝3 @100℃、0.9914g/cm3 @40℃

AC Delcoのデータシートからは

・使用期限:4年間

が読み取れます。

これらの情報をもとに、近い仕様のオイルを探すか?
それとも、HKSやCUSCOのスクリューコンプレッサー用オイルを使うか?

Motorcraft XL-4

GM 12345982

AC Delco 10-4041

そもそも修理の動機が異音の発生であるから、原因となり得る箇所には万全を期したい。

サリーンが指定するスーパーチャージャー用オイル(NYE605)が入手できないなら、互換性オイルメーカーが保証している銘柄を選びたい。

国産のチューニングパーツメーカーが販売しているオイルは、webで調べても

「超ヤベー性能!」
「コレ入れときゃマジ完璧」

みたいな記述があるばかりで、成分に関するデータは皆無。
にもかかわらず高価なので、選択肢から早々に除外。

ちなみに、スーパーチャージャーキットの取扱店リストにあるチューニングショップに電話で尋ねると

「やったことがない」
「テキトーなやつでOK」
「何でも調子よくなるオイルを持ってる」

という、とてもためになる情報が得られました。


FTECの仕入先を隈なく当たったところ、明瞭な回答を出してきたオイルメーカーがひとつだけありました。日本レッドラインオイルです。


レッドラインオイルは、スキップバーバーレーシングスクールにオフィシャルサプライヤーとして潤滑油全般を提供しています。現在の車輌は偶然にも、S-197型マスタング。

本国のサイト (→ https://www.redlineoil.com/) では、純正オイルの品番で互換性のある商品を検索でき、その根拠を閲覧することもできます。

商品名がスーパーチャージャーとは無関係だったので、完全に死角に入っていました。しかもこのオイルは、日本国内に在庫があります。即採用を決定して取り寄せました。


スーパーチャージャーユニットを水平に保ち、シリンジで規定量のオイルを給油します。プーリーを手回しするとエアが除かれて油面が下がるので、きちんと規定量を入れましょう。




スーパーチャージャーのオイル交換周期は、AC Delco 10-4041のセーフティデータシートに記載された使用期限(4年間)に注目するなら、50,000㎞ごとでは暢気すぎると言えそうです。日本で運用するなら、2回に一度の車検整備で交換した方が無難でしょう。

ともあれ、いよいよアッセンブルの準備が整いました。


降ろしたときと同様にホイストで吊り、パッキンを確かめながら慎重にエンジンに結合します。磨いたボルトとタップをかけた雌ねじの組合せは、着座まで指先で回し込める筈です。


過給圧制御用アクチュエータのホースは、嵌合が緩かったのでバンドを追加。



新たに組み上げられたベルトトレーン。新しいテンショナーと共に。
順当にいけば、この部分を次に整備するのは40,000㎞程先になるはず。


新品のベルトテンショナーの白さが目立ちますね。

アルミニウムは酸でもアルカリでも錆びますから、塩化カルシウムなどアルカリ性の融雪剤が散布される環境で走行した後は真水で洗い流した方が良いでしょう。スチーム洗浄が理想ですが、真水で洗浄してもエンジンを完全暖機することで残留する水分を減らせます。

S281のエンジンフードに刻まれたダクトは飾りではないので、雪が積もったまま走り出せば解けた水分は全部ここに降りかかるということを意識して、経過を観察しましょう。



サリーンS281SCのエンジン整備に関する記事は、これで一区切りとします。整備後のエンジンは静粛なアイドリングを取戻し、走行テストで出力の片鱗を垣間見ることもできました。このエンジンが発生する最高出力には諸説ありますが、39LBのインジェクターBBKのショートチューブヘッダーが装着された現状で、概ね450~470馬力と推察します。

サリーンシリーズⅥスーパーチャージャーシステムをもとに更なる出力向上を狙ったパーツは、大小様々なショップからもリリースされています。プーリー比を変えたりエアフローを増したりするアイディアは、日米とも共通です。

どこをどのように変えてエクストラゲインを得るのかを理解したら、その影響を想像して先回りするようにメンテナンスを施すのが永く楽しむ秘訣だとFTECは思います。




おまけの動画は、最近のサリーンの活動報告から。

小型軽量のミッドシップスポーツカー「S1」による、ワンメイクレースを紹介しています。アマチュアレーサーが気軽に参加できる小規模のレースは、スポーツカー市場の健全育成に大いに貢献していることでしょう。


なお、コンプリートカーS281SCの後継車種も、もちろん販売されています。

フォードマスタングは誕生以来ずっと、手を伸ばせば届く価格帯でモデルチェンジを重ねてきました。私たち日本人はその姿から、スポーツカーは一時の流行や気の迷いで選ぶのではないということを、謙虚に学ぶべきなのかもしれません。




裾野を拡げれば頂点は自ずと高くなります。安くて楽しいエントリーモデルの存在は、日本の自動車メーカーにとっても有益だと思うのですが、いかがでしょうか。