メルセデスベンツの5リッターV8エンジン、M119です。
アイドル回転数ハンチングの修理で入庫しました。
Dレンジで停車中にアイドリング不安定となり、たまにストールする。
エンジンが止まった後の再始動は容易で、高速道路の巡航は問題ないとのこと。
通常の故障診断ならば、ダイアグノーシスの点検から着手するケースです。
しかし、1990年代のメルセデスには前段階の確認が必要です。
メルセデスベンツ M119のデビューは1989年。
V型8気筒 4バルブ DOHC、IN側のカムにはタイミングアジャスターを装備しています。
1997年に3バルブ SOHC のM113に交代するまで、多彩な車種に搭載されました。
1990年代のメルセデスに共通する問題点として、配線の不良が広く知られています。
熱害を被りやすいエンジンハーネスの被膜が破損し、短絡を起こすという内容です。
写真はエアマスセンサーのハーネスを切開したところ。
他車の配線では見られない劣化が確認できます。
自己診断装置は、情報集積の経路である配線が健全でなければ機能しません。
こうした場合は、故障の原因と関連が無くても配線を交換する必要があります。
今回のケースでは、水温センサーのソケット内に珍しいものを見つけました。
緑青のわいた銅の芯線が、端子間をまたぐように落ちています。
もし、これを見落としたら、修理完了までの時間が伸びていたかもしれません。
ハーネス交換後は入庫時の症状が散逸したので、テスト走行の内容をオーナーに確認の上、修理完了としました。交換が必要な部品が次々に明らかになるような事態にならなかったことは、不幸中の幸いだったといえるかもしれません。
今となっては懐かしい、重厚な乗り味のメルセデス。
快適なドライブを楽しみながら、後世に遺していってほしいモデルです。
余談ですが、89年当時はこのエンジンを搭載したレースカーが世界を席巻していました。
鈴鹿のデビューレースで1-2フィニッシュを決め、その年のルマン24時間を制しています。
日本を含む世界中の自動車メーカーが莫大な資金を注いで専用エンジンを投入していたレースに量産車の基本設計を踏襲したエンジンで勝てると読み、現実に完全勝利を手中にしてみせたメルセデス・ベンツ。
レース専用エンジンとは根本的に違う90度クランクの重低音は、バブル期の日本にモータースポーツの本質的な意義を啓蒙する衝撃を帯びていたような気がします。