ボルボ V50(2005年式)です。
エアコン不調の修理で入庫しました。
猛暑日になると冷風が出なくなる、とのこと。
積算走行距離は91,000km。このクルマがFTECに初めて入庫したのは6年前、走行距離54,000㎞の時でした。以後一貫してFTECがメンテナンスを請け負っています。
冷風がたまに出なくなる症状が出始めたのは昨シーズンから。自己診断装置に記憶された故障コードは無く、再現性も曖昧な状態が続いていました。しかし、今シーズンの強烈な連続猛暑日で故障する条件が明確になり、本格的な修理に取り掛かることになりました。
猛暑日(外気温35℃以上)であっても、正常に作動しているときは大変良く冷えます。
点検開始時、屋外日陰の作業スペースにて。車室内の温度は43℃。
日向の駐車場なら軽く70℃を越える環境です。
正常動作している時の、クーラーラインの圧力分布。
一見、高圧側がもっと高くても良さそうですが、これで規定量のクーラーガスが入っています。わずか530gのクーラーガスでエステートワゴンの広い室内を冷やせるのですから大した効率です。
一方、低圧側は200KPaを下回るとロープレッシャースイッチが作動してマグネットクラッチの電源がカットされる仕組みですから、アイドリングでこの数値だと走行中のエンジン回転数ではしきい値を下回る可能性があります。
繰り返しますが、この状態でも一桁の温度の快適な冷気が供給できています。
カーエアコンのガス圧力は、髙過ぎても低過ぎても安全装置が作動して冷却能力が失われます。VOLVOも例に漏れず、一般的な圧力スイッチで配管内の圧力を監視しています。
▲VOLVO S40 (2005) エアコン構成図 |
ボルボV50のエアコンシステムは、以下の各要素を評価して統合制御されています。
コンプレッサーはECM(=Engine Control Module)、ブロアモーターはCEM(=Central Electronic Module)、温度設定とフラップコントロールはCCM(=Climate Control Module)が司り、それぞれのモジュールがCANバスコミュニケーションリンクで連携する仕組みです。
もしモジュールが故障していれば、車載の自己診断装置はまるであてになりません。しかし、バスコミュニケーションリンクの不備を検出できる自己診断装置が故障コード無しと返してくる以上、これらのモジュールは健全と見做して診断を進める方が得策です。
自己診断装置の盲点を突いて、3つのモジュールのどれかが、機能の一部を一時的に失う。そんなことがあり得るか?と問えば、後回しにする理由は自明だとFTECは思います。
▲VOLVO V50(2004) エアコン制御概念図 |
では、いま考えるべきことは何でしょうか。
故障診断とは、構造と機能を理解して仮説を立証することです。疑う余地なしと見做せる自己診断装置が故障コードなしと返してくるのに機能不全が明らかならば、そのシステムはやって当然の制御を実行しており、その結果として本来の機能が発揮されていないと考えるのが妥当です。
ガスの量は正常。故障コードなし、でも症状がある。トリガーは熱。
そこで、
【症状】
猛暑日になると冷風が出なくなる
【仮説】
1.高圧側の圧力がしきい値より高くなる
-1.補助電動ファンが止まる
-2.コンデンサーが汚れている
-3.高圧側スイッチの故障
2.低圧側の圧力がしきい値より低くなる
-1.低圧側スイッチの故障
3.温度センサーが冷えすぎを誤報する
4.マグネットクラッチのリレーが開放される
・・・という仮説を立てました。
▲VOLVO V50(2004) エアコン配線図 |
クーラーガスの圧力分布は、外気温、エンジンの回転数(=コンプレッサーの回転数)、走行風や日射量などによって刻々と変化します。ゲージマニフォールドを接続した状態で走行テストができれば、決定的な証拠を掴めるかもしれません。しかし、ラジエターのアッパーシールやエンジンフードを密閉してそれをするのは困難です。
一方、ソレノイド式リレーが異常加熱によって機能を失うのは当然のことなので、テストで故障を証明するにはリレーが動作を保証する温度の上限を知る必要があります。
症状発生時に補助電動ファンが停止していれば一目瞭然ですし、コンデンサーの冷却能力が不足していれば水をかけることで証明できます。
この段階でオーナーと連絡を取り、スイッチとリレーは交換することに決めました。
費用対効果を考慮すれば至極妥当な判断です。緻密な故障診断は修理の必要条件ではあっても十分条件ではありませんから、点検に要する時間と手間と燃料に比べて、疑わしい部品の価格のほうが大幅に安ければ、交換するのが最善です。
▲場所はエンジンルーム左側 |
▲環境温度100℃は普通です |
▲新しいリレーはポルトガル製 |
クライメイトコントロールリレーの出力側、コンプレッサーのマグネットクラッチ入口にテスト用のリード線を割り込ませて、パイロットランプを取り付けます。
▲VOLVO V50(2004) エンジンハーネス図 |
圧力スイッチは、エンジン後方の隔壁付近に配置されています。樹脂製のカバーで遮熱されているとはいえ、渋滞などで走行風が入らなければこの場所も100℃にはなるでしょう。横置きされた後方排気の5気筒エンジン、そのエキゾーストマニフォールドが目の前にあるのですから。
▲低圧側スイッチ |
▲高圧側スイッチ |
メキシコ製の筐体をポーランドで製品化した部品のようです。
リレーとスイッチの交換を済ませてテストを継続。
エンジンアンダーカバーを外してエンジンフードを開けている状態では、熱気が上方に放散されるのでなかなか症状が再現できません。多少手間でも、アンダーカバーは装着してエンジンフードは限界まで閉じて、経過を観察します。
正常に機能している間は、相変わらず素晴らしい冷風が供給できています。
この状態で30分程放置すると、症状が現れました。すかさずエンジンフードを開けて、マニフォールドゲージやパイロットランプをチェックします。
・補助電動ファンが作動していること
・コンプレッサーが作動していないこと
・マグネットクラッチに電源が供給されていること
これらがすぐに判明。
故障の原因は、コンプレッサーのマグネットクラッチであることが確定しました。
下の動画は、症状発生前の段階で撮影したテストの様子です。
パイロットランプに連動してコンプレッサーがON/OFFしていること、その時のクーラーラインの圧力分布、吹き出し口の温度を見ることができます。
ボルボV50のコンプレッサーには、前右フェンダー内とエンジン下側からアクセスします。フェンダーライナーはすべて再使用可能なファスナーで装着されています。
コンプレッサーAss'y を摘出。
本当はマグネットクラッチだけを交換したいのですが、部品供給はアッセンブリーのみ。
ラベルには Ford Motor Company の表記が。オリフィスチューブもフォード独特のものなので、V50 のクーラーサイクルがフォードによる設計であることは間違いなさそうです。
コンプレッサー自体は、日本のゼクセル製です。マグネットクラッチだけを供給してくれれば良いのにな、と思わずにはいられません・・・。
続いて、コンプレッサーに接続されるフィッティングを観察。
1本、Oリングが切れています。よくこれでガス漏れを起こさなかったものですね。
新旧Oリングの比較。緑色の新品Oリングは、新品のコンプレッサーに付属していたもの。
新しいOリングは内外径とも小さく、線形が太いことが分かります。
FTECの在庫品の中には、古いOリングと同じ寸法のものもありました。
いろいろ考えた末、ここは付属のOリングを使用することに決定。
コンプレッサーオイルをアッセンブルルブリカントとして使用し、フィッティング側にセットします。
コンプレッサー側の嵌合部。こちらにもOリングがセットされています。
フィッティング側のOリングは、ポート内側のテーパー状に機械加工された面に押し付けられる仕組みです。
フィッティングの嵌合はコンプレッサー装着の後工程になるので、その作業時にこの面を直接目視することはできません。真上を向くポートに異物が入ればコンプレッサーにダメージを与えますし、Oリングに異物が付着すればガス漏れを起こします。
コンプレッサーを装着する前に車体側の作業域を広くしておくことは、修理ミスを遠ざけることにつながります。
ちなみに、下の写真で小さな砂粒のように見える付着物は、ファクトリーでOリングをアッセンブルする際に使われたと思われるシリコングリスの残滓でした。
コンプレッサーに指定のオイルを注油して車体に取り付けたら、速やかにフィッティングを嵌合させます。4本のOリングが清潔に保たれていることを重々確認しながら、フィッティングを静かに締め込みます。
二重になるOリングのセンターが揃うのが理想。締付の最中に工具がパイプに接触すると、センターがずれる原因になるので注意が必要です。
このフィッティングの固定方法は、あまり感心できない設計になっています。
各ポート1本ずつのボルトで固定するので、2重のOリングに均等な圧力をかけられないからです。また、締付の最終段階でボルトの軸を中心にフィッティングを回転させる力が働くので、Oリングにかかる圧力はますます不均衡にならざるを得ません。
おそらくこれが、古いOリングが切れていた原因でしょう。そしてそれが、内外径とも小さく線径が太いOリングを組み付ける理由だとFTECは考えます。
▲理想の嵌合(圧力均等) |
▲現実の嵌合(圧力不均衡) |
▲片持ちでは当然こうなる |
最初に下から見上げた時は、ひとつの部品を2本のボルトで締め付けているのかと思いました。どうしても片持ちにするなら、ボルトのない側に抜け止めの溝をつけるか、せめて内側のOリングを軸式にすれば、完成車工場での組み立て品質が安定して性能を長続きさせられたでしょう。
ポートからオイルを給油した新品コンプレッサーは入念に手回しをします。コンプレッサーが要求するオイルの仕様を厳守するのは当然のこと。FTECは様々なコンプレッサーに対処するため4~5種類のコンプレッサーオイルを常備しています。
クーラーコンプレッサーの交換を伴う修理では、リキッドタンク(=ドライヤー、アキュムレータ)やエキスパンションバルブ(=オリフィスチューブ)も、同時に交換するのが常道です。
しかし今回の修理には、マグネットクラッチが単品供給されないため健全なコンプレッサーを仕方なくアッセンブリー交換する、という事情があります。
クラッチさえ回復すれば素晴らしい性能が発揮されることは明らかなので、オーナーと再び相談したうえでコンプレッサーのみを交換することに決めました。
リキッドタンクとエキスパンションバルブ、ベルト2本とテンショナー2個、などと関連箇所をどんどん交換していくと、費用がうなぎ上りになってしまいますから。
組み立てが完了したら、真空引きの状態を半日間維持してクーラーラインの気密を確認し、規定量530gのR134aを充填します。
テストの日は、エアコンの性能評価にはもってこいの猛暑日。
ダッシュボード中央の吹き出し口に温度プローブをセット。
設定温度は23℃です。
期待通りの冷風が供給され続けることを、確認できました。
テスト前は無駄な交換と見做していたコンプレッサーですが、作動音が劇的に静かになったので実利もあったなというのが、率直な感想です。
最後に、設計に問題があるコンプレッサーのフィッティング周りに、ガス漏れの痕跡がないことを確認します。
かくして、気まぐれだったボルボのエアコンはコンスタントな性能を取り戻しました。
13年後に例のOリングが切れていなければ今回の判断の正しさが証明されるのですが、果たしてその日は来るでしょうか?
一般的に、クルマの性能はトータルバランスで評価されます。どこか一か所が抜群に優れていても、大した意味はありません。どこか一か所が大きく劣っていれば、容易に解体されてしまうのですから。
全体を俯瞰しながら小さな問題点も見逃さない。そういうサービスを提供するのがFTECの目標です。言うは易し行うは難しなので、一生精進の覚悟で励みます。
今回のおまけ動画は、乗用車メーカーとしてのボルボのプロモーションビデオ。
世界中から部品調達して組み上げられたボルボのクルマにも紛うことなきスウェーデンの血統が息づいていると視聴者に印象付ける、名作です。
ナショナリズムに過敏な日本ではできそうもない広告。
映像美を羨望してしまいますね。