三菱ジープ J55 (1998年式)です。
クラッチの操作感を修正するために入庫しました。
オーナーが指摘する症状は、「クラッチペダルがスムーズに戻らない」というもの。
具体的には、ペダル操作の最終段階における復元力の異常です。
クラッチが切れないとか滑るとかいう不具合は無いので、「走行に支障がなければ修理はしない」という方針の事業所なら、感覚の問題として返してしまいそうな案件ですね。
.
FTECとしては、「このオーナーが指摘する症状であれば、何らかの発見があるに違いない」と直感し、整備をお引き受けしました。
はじめにプライマリーチェックを実施すると、バルクヘッドのクラッチマスターシリンダー付近に、液漏れの痕跡が見つかりました。クラッチフルードは塗装面を侵すので、漏れに気付かずに時間が経つと、このように錆びます。
錆の表面が乾いているので、現在進行中の漏れがあるか否かは、この段階では判りません。
下の写真の右手前に映っているのは、ターボチャージャーの遮熱板です。
ジープのクラッチマスターシリンダーは、同世代の別型式と互換性がありますが、J55はこのレイアウトによって熱的に厳しい環境で稼働していると考えられます。
規定のクラッチ液がDOT-4規格品であることも、その証と言えるでしょう。
車室内トーボード側から、クラッチマスターシリンダーの液漏れを確認。
液漏れは無く、ここのシールは健全な状態です。
次に、レリーズシリンダーの液漏れの有無も確認します。
こちらも滲みさえなく、健全な状態でした。
油圧経路に漏れはありませんが、クラッチフルードは全量交換してエア抜きを実施します。
クラッチラインに気泡が混入していては、整備の目的を果たせないからです。
プライマリーチェックで見つけたバルクヘッドの錆が、クラッチマスターシリンダーの液漏れによって生じたことは間違いありません。現在は液漏れがないということは、クラッチマスターシリンダーAss'y かピストンリペアキットを交換していると考えるのが妥当です。
このとき、正規のサービスマニュアルに基づく調整をどれだけ念入りに実施するかによって、完成車の整備品質に差がつきます。
上図の通り、現車のクラッチマスターシリンダーのプッシュロッドAss'yには、ロックナットがひとつあるだけです。
ロッドには回り止めがないので、ロッドそのものを回しながら長さを調整します。
最後にロックナットを締めるとき、ロッドがわずかでも供回りすると、ロッド長は短くなる方向で固定されてしまいます。即ち、ペダルの遊びは多く、クラッチミート点は奥になる、ということです。
そうなってしまったとき、直ちに正規の数値に調整し直さないと、本来のペダルフィールを回復させられる機会はなかなか巡ってきません。
調整結果に違和感を覚えたら、その原因究明を厭わぬこと。
自動車整備士は、その気構えを忘れてクルマに触れてはいけないとFTECは思います。
さて、クラッチペダルの調整要領をおさらいしましょう。
□ クラッチ液の漏れがない
□ エアの混入がない
これらを大前提に、
□ ペダルの高さ 302mm
□ ペダルの遊び 40~45mm
□ ペダルのガタ 1~3mm
□ クラッチが切れた時のペダルとトーボードの隙間 50mm以上
この4つの数値を満足させるように調整します。
まずクラッチペダルストッパーを解除して、高さを302ミリに調整。
ペダルアームにスケールを密着させて302ミリからの鉛直線に合わせます。
なお、規定値にペダルパッドが含まれているかは、正規のサービスマニュアルにも明記されていません。FTECは、ペダルパッド装着状態で調整しました。
次に、クラッチペダルのガタを点検します。
先述の通り、1~3㎜に収まっていることが条件です。
ガタを生じさせる原因となり得る箇所を、以下の図に示します。
クレビスピンは、走行距離に比例して摩耗する部品なので、定期点検が必要です。
他にも、現車は問題ありませんでしたが、経年によりストッパーラバーが脱落したり、ブッシュが摩滅したりして、正規の数値を逸脱することがあります。
クラッチペダルの操作回数は他の2本より遥かに多いのですから、旧車オーナーは最初に痛むペダルとして覚えておくと良いでしょう。
レリーズシリンダーの調整は、レリーズベアリングにスラスト力が残らない最小の遊び量に合わせます。この先端部分も、クレビスピンと同様に走行距離に比例して摩耗する部品であることを念頭に置きましょう。
正しくセットされたペダルは、クラッチがいちばん高く、ブレーキが中間、アクセルがいちばん低くなります。
クラッチラインのエア抜きとペダルのセット位置見直しにより、現車のクラッチペダルは本来の操作感を取り戻しました。ターンオーバーロッドの角度が調い、各部の遊び量が適正化されたことも、相乗効果を発揮していると感じます。
最後にオーナーにご試乗いただき、今回の整備完了としました。
現車は、1998年(平成10年)に、サンドベージュの特別塗装色を施されて少量が生産された、三菱ジープ46年間の歴史の集大成といえるモデルです。
ノックダウン生産が始まった1952年(昭和27年)、日本はまだ電力飢餓でアルミニウムを精製できず、1円玉を鋳造することさえ出来ませんでした。
戦後復興、高度成長、二度のオイルショック、バブル景気とその崩壊。
すべての時代で三菱ジープが生産されていた事実を思うと、感慨もひとしおです。
戦後復興、高度成長、二度のオイルショック、バブル景気とその崩壊。
すべての時代で三菱ジープが生産されていた事実を思うと、感慨もひとしおです。
どうかいつまでも現役で。
令和の時代も、颯爽と走り抜けていただきたいですね。
令和の時代も、颯爽と走り抜けていただきたいですね。