埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

セルボのエンジンオイル漏れ修理・2/2

 スズキ セルボ SS40型(第二世代)です。
前々回の記事に続いて、エンジンオイル漏れの修理を進めます。


F5A型 シングルカム3気筒 NAエンジンをつぶさに観察し、オイル漏れの発生源はオイルパンとバルブカバー、オイルプレッシャースイッチと判定しました。長年にわたって漏れ出したオイルに浸っていたため、エンジンマウントが膨潤して機能を損なっていたことは、前回の記事で紹介した通りです。

今回は、エンジンオイル漏れの修理が、完了するまでをご紹介します。

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バルブカバーを取り外し、中の様子を確認します。
ヘッド側のバルブトレインは、綺麗な状態に保たれています。


カバーの内側には、走行距離相応の汚れが堆積しています。現在のオーナーは手厚くオイルの管理をしているので、それ以前に蓄積されたものではないかと推察します。


少しブローバイガスの量が多くなっているのは事実ですが、アイドリングは円滑でエンジンオーバーホールの必要性は感じません。温暖な気候の東京周辺が本拠地なら、規定より硬いオイルを選ぶのも良さそうです。



油煙が冷えて凝固したスラッジは柔らかく、簡単に除去できます。



一方、コルク製パッキンの除去は難関です。
新品の柔軟性は影も形もなく、石のような硬さでこびりついて剥がれません。


コルクの硬化は、繰り返し熱負荷に曝されて水分が抜けたことが原因です。
換言すると、水分を含ませることができれば作業がし易くなるということ。

今回はバットに伏せて、熱湯に漬けおく方法を採ります。バルブカバーは薄板をプレス成型した部品ですが、最高100℃の水をかけたくらいで熱変形することはありません。

大きな寸胴で煮れば、もっと効果的だったかもしれませんね。


このくらいの塊で剥がせれば、コルク製のパッキン除去作業としては御の字です。

先述した通り、熱湯に漬けたくらいでバルブカバーは変形しませんが、石のように固くこびりついたコルク製パッキンを硬い工具を使って力づくで剥がすと変形することがあります

焦って作業をすれば手を怪我する危険も増しますし、かえって作業時間が長引くこともあり得ます。急がば回れ、とはこのことですね。


オイルパンの取外しは、前々回の記事の通りなので割愛。
外した部品は洗浄して、再使用に耐えるかを確認します。


エンジンとの結合面の清掃は、特に重要です。



このオイルパンは、エンジンとの結合面に歪みがあります
恐らく、オイル漏れを改善しようとしてボルトを増し締めしたのでしょう。

古いコルク製のパッキンは先述した通り柔軟性を失っているので、オーバートルクでボルトを締め付けるとボルト穴周りの結合面が膨らんでしまいます


定盤に伏せると、面全体が捻じれていることも判ります。


膨らんだ穴周りは、筒状の当て板をしてボールピンハンマーで修正します。
理想は完全な面一ですが、「エンジン側に膨らんでいないこと」が最優先。

穴周りの修正のあと、合板とプレスで面のねじれを修正します。



外観がみすぼらしかったので古い塗膜を除去しようとしたのですが、途中から勢いがついて全部剥がしてしまいました。



これはオルタネーターのブラケットです。エンジンサポートと嵌合する面の角が切りっぱなしで鋭く尖っていたので、剛性に影響しない範囲で丸く加工しました。


再組付けの準備が整いました。写真の左から順に

□ エンジンサポート
□ A/Cコンプレッサーブラケット
□ エンジンオイルパン
□ オルタネーターブラケット
□ 右側エンジンマウント
□ オイルパン取付ボルト
□ ドレンボルト

です。



エンジン側のオイルパン結合面から、古いガスケットを除去します。
研いだスクレイパーを数種類用意して、地道に平滑に仕上げます。


SS40のF5Aの場合、作業域がタイトなのでガスケットリムーバーの使用は控えます。ゴムやプラスチックの部品にガスケットリムーバーが付着したまま残留すると、後々トラブルを誘発することになりかねないからです。


最終段階でセラミックチップの付いたスクレイパーを使い、平滑を確認できたら脱脂します。鉄のブロックとアルミのフロントカバーの合わせ面は、特に入念な確認が必要です。



エンジンブロック下面が整ったら、オイルパンを締め付けるボルトの雌ねじにタップをかけます。この工程は整備の品質を大きく左右するので、必ず実施しなければなりません。



オイルパン取付ボルトの雌ねじには、止まり穴と貫通穴が混在しています。どちらのねじ山も、清浄かつ脱脂されている状態が理想です。


F5Aエンジンのオイルパンは、柔らかいコルク製のパッキンを挟んで取付けます。オイルパンの金属部分は、ブロック下面に一切接触しない設計です。従って、規定トルクで締付けられたボルトには、殆どテンションがかかりません

この条件でボルトが自然に緩まないようにするには、規定トルクで締付けた後で雄ねじと雌ねじを接着するしか方法が無いのです。

これが、

□ ボルトを磨いて脱脂しなければならない理由
□ 雌ねじにタップをかけてケミカル洗浄する理由

です。


別の表現で、おさらいします。

コルク製のパッキンは、経年変化で水分が抜けて縮み、石のように硬化します。すると、エンジンブロックの下面とオイルパンの上面が離れるように作用する力が弱まります。ということは、元々ボルトが伸びるほど締め付けられないオイルパンの取付ボルトは、緩んで抜け落ちるリスクが年々高まる、ということになるのです。

もしこれらのボルトに12カ月点検で再び同じトルクをかけたら、全数さらに締め込むことになるでしょう。しかし、SS40に搭載された状態のF5Aエンジンでこれを実践するためには、クーラーコンプレッサーとオルタネーターを分離してふたつのブラケットを取外し、エンジンを吊り上げてサポートブラケットと右側エンジンマウントを取り外す、という工程が毎回必要になります。

すべてのボルトを均一に増し締めするのが困難である以上、新品のコルク製ガスケットを組付けた位置からボルトが緩まないようにするには、ねじ山同士を接着するのが最善と結論した次第です。

F5Aエンジンのオイルパンを取付ける際には、雄ねじも雌ねじも、清浄で脱脂された状態に整えましょう。




付帯作業で取り外した前スタビライザーは、ロアアームとの結合部分にある変形を修正します。オイルプレッシャースイッチは、アッセンブリーで交換。新たにスズキ自動車から供給された純正部品は、元の部品より小型化されています。




バルブカバーのパッキンは、スズキ自動車から取り寄せた正真正銘の新品ですが、形状が違うためそのまま装着することは不可能です。新しいパッキンには、ずれ止めのタブが全周に追加されています。

タブを切除して使え、ということでしょうか?


かまぼこ型の嵌合面に平板状のパッキンを挟むのですから、ずれ止めはある方が良いに決まっています。プレス成形されたバルブカバーには、内側にずれようとするパッキンを正しい位置に保持する仕掛けがありません。



折角の好機なので、パッキンのずれ止めタブに合わせてバルブカバーを加工します。
外周を清掃してから平板状のパッキンを合わせ、タブを逃がせるように研削します。



この加工の目的は、パッキンがカバーの内外方向にずれないようにすることです。
そのためには、深さにも幅にも余裕をもたせて研削することが肝要です。


もし研削の深さが足りなければ、カバーを締め付けた時にタブ周辺にだけ余計な圧力がかかってしまいます。もし研削の幅が足りなければ、カバーの形状に合わせた段階でパッキンにしわが寄ってしまうでしょう。

ワンオフ加工は規模の大小にかかわらず、目的と手段の正しさを検証しながら進めるべきだと、FTECは信じています。



再使用する部品の点検とエンジン側の準備が整ったら、順次組立てていくだけです。自動車整備士にとっては至福の工程ですが、見落とした瑕疵が無いとは限らないので油断は禁物。

何度でも書きますが、コルク製のパッキンはボルトの締めすぎによって壊れます

オイルパンやカバーのボルトは、緩みを恐れる気持ちに負けないように、雄ねじも雌ねじも清浄で脱脂されていることを念頭に、つとめて均一に規定トルクで締め付けます。




組みあがったら、規定量のエンジンオイルを入れて完全に暖機します。

オイルプレッシャースイッチを交換したので、F5Aエンジンなら4000rpm以上を保って油圧を最高に保つモードをテストに含めます。


全作業箇所を見直し、油漏れや締め忘れが無いことを確認します。
整備士は己を過信せず、疑いの目をもって点検にあたりましょう。



リフト上での確認が済んだら、走行テストを実施します。
整備の目的と手段を反芻しながら走らせることが肝要です。


走行テストで快調を確認できたら、整備で触れた部分を綺麗に清掃して作業完了です。
このセルボは、ワンオフマフラーの快音が印象的でした。


SS40型には、セルボの他にもアルト、フロンテ、マイティボーイがあります。デビューが1982年(昭和57年)ということは、開発期間に第二次オイルショックが含まれています。

これらのモデルも、時代の要請に応えて生まれたエコカーに違いないということは、ぜひとも後世に語り継いで頂きたいとFTECは思います。

部品の供給事情が年々厳しさを増していますが、同好の士が力を合わせ、整備の都度最善を尽くすことによって、性能を維持することは可能です。

自動車が産業遺産として再評価されるときが日本にも来ると信じて、各々役目を果たしていきたいですね!