スズキSS40型セルボの、エンジンマウントを交換します。
純正部品は欠品製廃なので、近い形状のものを流用します。
オーナーが探してこられたマウントは、DC51T型キャリイトラック用。
やってみて解かったことを記事にします。
現車が搭載するエンジンは、シングルカムのF5A型。3つのエンジンマウントと上部のトルクロッドで、パワートレインを支持しています。
交換のきっかけは、エンジンオイル漏れの修理です。
前回点検した時の現車は、漏れたエンジンオイルでマウントのラバーが膨潤して柔らかくなり、パワートレイン全体がクルマの右手方向に傾いて搭載されている状態でした。この右側マウント(下の写真の赤丸の位置)は、オーナーの手で交換済みの状態で入庫しています。
シフトリンケージを分離すると、後方のエンジンマウントが露出します。このマウントはオイル漏れに影響されてはいませんが、その他のマウントが新しくなり稼働条件が変わるため、同時に交換します。
後方のエンジンマウントを取外し、DC51Tキャリイのエンジンマウントと比較します。ひと目見ただけで、ベースプレートの形状が違うことが解りますね。
前後のブラケットを分離します。左が車体側、右がエンジン側です。
マウントを別の角度から比較。DC51Tキャリイのマウントの方が、幅が広くなっています。
この写真だと、幅の違いが良く判りますね。
DC51Tのマウントを、SS40のブラケットに仮合わせしてみます。
ボルト穴径は同じですが、位置決めの凹凸が嵌合しません。SS40マウントよりDC51Tマウントの方が、ボルト穴と位置決めの凸凹との間隔が広くなっています。
穴位置のずれは、ふたつのブラケットとも同じです。
ここには回り止めの機能を残したいので、ブラケット側に最小限の加工を施して嵌合
させることにします。
エンジン側のブラケットは、長穴に加工。
これなら、もし将来SS40純正マウントが入手できた場合にも、本来の機能をそのままに交換することができます。
車体側のブラケットは、スリット状に加工します。
必要な量の長穴加工をすると、余肉不十分で問題が出そうだったからです。
DC51Tマウント流用のためのブラケットが完成しました。
改めて、SS40マウントとDC51Tマウントを比較します。
装着状態では、写真右手方向がクルマの前方になりエンジンと結合、左手方向がクルマの後方になり車体と結合されます。
エンジンとトランスミッションを含むパワートレインの重量は、写真の上から下に向かって右のボルトとベースプレートを押し下げる向きに作用します。つまり、パワートレインの荷重はボルトの中心線を揃える方向に働く、ということです。
加工したブラケットを、新しいエンジンマウントと結合。
回り止めの凹凸が無駄な遊びなしに嵌合し、双方の面がピタリと合います。
マウントとブラケットは剛結した状態で、パワートレインと車体の間に滑り込ませます。
DC51Tマウントの方がSS40マウントより静的状態で高さ(厚み)があるので、その分パワートレインの位置が車体に対して前進することになります。
マウントのベースプレートは、パワートレインが大きく動くような大事故の際に、動く先の位置を制限するようにデザインされています。「スズキ純正部品の中から正規の部品より容量の大きいマウントを選んで流用する」という判断が欠品製廃という条件の下で最善であることに疑いを挟む余地はありません。しかしながら、将来スズキ自動車がSS40用の正規部品を再販してくれるなら、そちらに交換しなおした方がより良いことは当然です。
FTECは「流用のための加工は最小限に留めること」を心掛けています。そのため、ブラケットを加工すると決めた時点で、できるだけマウントは加工したくありませんでした。
しかしこの組合せでは、幅広になったマウントの角(赤矢印)とエンジン側の取付ボルト(赤○)の間隔が狭くなりすぎ、一般的な工具では必要な締付トルクをかけられません。
ベースプレートの役割は先述した通りなので、全幅がSS40マウントより広くなっても意味がありませんから、この部分はメガネレンチが掛けられる程度にあらかじめ広げておくことをお奨めします。
もう1点、組立ての途中で気付いたことがあります。
後方エンジンマウントの真下にはシフトコントロール用のロッドが通されているのですが、マウントのベースプレートとロッドとの間隔が殆どありません。
下の2枚の写真で、干渉のリスクをご理解いただけるでしょうか?
加減速でパワートレインが揺動したら、打音を発するのは確実です。
加減速でパワートレインが揺動したら、打音を発するのは確実です。
ロッドの直上にあたるベースプレートの一部を切除して、対策とします。
右側のエンジンマウントと、それに連結するサポートブラケットを見直します。これらの部品は、エンジンオイル漏れ修理の付帯作業として取外したついでに、綺麗に清掃して組み直します。
右側エンジンマウントを、右前輪のホイールハウスから見た様子。
画面左奥には、後側エンジンマウントの姿も見えます。
エンジンマウントが大型化された影響は、運転操作の感触にも現れます。今回の仕上りは、シフト操作の確度が向上した点をオーナーに高く評価していただきました。
理論的には、スロットル操作に対するパワートレインの揺動が減った分、駆動力の応答性も鋭くなっている筈です。他方、振動特性の変化は事前にシミュレートできないので少々心配しましたが、アイドリングから高速巡航までを含む走行テストで評価した結果、何らの不都合も生じませんでした。
以上の事実から、SS40型の後方エンジンマウントにDC51T型のエンジンマウントを流用する場合には、ベースプレートに加工が必要ということが解りました。ポイントは、
□ エンジンと結合するボルトに、工具を掛けられるようにする
□ シフトロッドに干渉しないように形状を変更する
この2点です。
この条件を満たすために何をどうするかは、設備や時間や作業者の判断によって変わるでしょう。いずれにせよ、純正部品が製廃だからといって、整備を諦める必要はないということです。
SS40型の開発や販売に関わったスズキ自動車の方々が何人いたか想像もつきませんが、40年経った令和の今も現役で走り続けているとは夢にも思わなかったことでしょう。
FTECコーポレーションは、このようなクルマの存在価値が、後世に史実を伝える工業遺産として見直されることを望んでいます。
いつまでも健全に走り続けられますように。