日産 ラルゴ W30型 (1993-99)です。
エンジン不調の修理で入庫しました。
完全暖機後のアイドリングで、不規則な振動が現れます。
加速時など負荷のかかる状況では、もたつき感が顕著です。
不規則な振動の発現は、エアコンの使用によって増加し、停車中にDレンジからNレンジにシフトすることによって減少します。
プライマリーチェックの結果、振動が発生している時の排出ガスレベルはHC過多の状態。
同時にストールを防ぐ制御が介入する、典型的な失火の症状が認められました。
定石に倣い、関連箇所を診ていきましょう。
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W30型ラルゴには、KA24DE型エンジンを車体中央に縦置きする凝ったシャシーが奢られています。前サスペンションは一般的なコイルスプリングを用いたマクファーソンストラット式。後サスペンションは一葉のGFRP製リーフスプリングで左右を繋いだマルチリンク式。最上級グレードにはこれらに加えて、減衰力を走行状況に応じて連続的に変化させるショックアブソーバーと、位相反転制御付き四輪操舵システム(Super HICAS)が装備されます。
▲ アンダーカバーを外して前方から見上げた図
▲ 後方からGFRP製リーフを見上げた図
エンジンとトランスミッション、燃料タンク等の重量物をホイールベースの内側に配置してマスを集中化させライドコンフォートとトラクションの両立を狙った設計は、1960年代に野心的な貨物車を製造していた愛知機械工業の手によるもの。30年の時を超えて受け継がれた設計思想がバブルに沸く当時の日産自動車で結実した、集大成といえるシャシーです。
▲ コニー360トラック(1961年)
まず、前席とセンターコンソールを取外し、左右2分割の床板を剥がします。
ハイテンションケーブルを抜くと、先端がプラグホールに溜まった大量のエンジンオイルに浸っていました。これでは、路上故障も時間の問題です。
2列目シート足元前方のアクセスパネルを外して、ディストリビュータを点検します。幸いエンジンオイルの滲入はなく、今回はキャップとローターの交換のみで対処することに。
スパークプラグとハイテンションケーブルは、NGK製。
その他の部品は、日産純正部品を使用します。
バルブカバーは内側が綺麗に保たれており、これまでのオーナーのオイル管理の良さを物語っています。バルブカバーをオーバートルクで締め付けて変形させてしまっているエンジンもあるのですが、現車のカバーは無事でした。これは、「W30の整備性の悪さ」と「KA24DEのオイルが外側に漏れていなかったこと」がもたらした幸運と言えます。
現車のKA24DEは、11個のナットでカムカバーを保持します。
スタッドとナットは清掃点検のうえ再使用。シールワッシャーは全て新品に交換します。
KA24DEに限らず、バルブカバーのオイル漏れ修理は、
「嵌合面の清掃が成否の鍵」
となります。
シリンダーヘッドとカムカバー、双方の面が新品同様に整えられていること。
自動車整備士は、その為にあらゆる手を尽くさねばなりません。
カムカバーのオイル漏れ修理。その目的は、オイル漏れを止める事ではありません。同じ不具合が、この先20年間は起きないようにすることが目的です。
新車のエンジンが不具合を起こすまでに、どれだけの年月と走行距離が重ねられたか。そのことに思いを馳せれば、機能を持続させるために何をどうすべきか自ずと理解できます。
KA24DEのカムカバーが11個のナットで固定されることは先述した通りですが、W30に搭載された状態では作業域が狭く11個すべてを同じ工具で締め付けることができません。
均一なトルクで確実に固定するには、サービスマニュアル記載の手順だけでは不十分です。
同様に、異物の落下やガスケットのズレなど、新品のエンジンを単体で組立てる場合ならまずもって起こり得ないミスについても、細心の注意を払う必要があります。
ハイテンションケーブルとディストリビューターキャップ。上が旧、下が新。養生のための付属品を組替えて、新車の時と同じルートに固定します。
ハイテンションケーブルを、新車と同じように固定すること。これには、W30のようなキャブオーバー型のクルマにとって、特に重要な意味があります。
狭いスペースに入れ込まれたケーブルが、
□ 急角度で屈曲していたり
□ 鋭利な角に触れていたり
□ 振動で周囲に擦れたりすると、本来持続するはずの機能がたちまち失われ、入庫時とまったく同じ症状を再発させてしまうからです。
特に、今回のように社外品(NGK製)を装着する場合には、形状や長さが純正部品とどう違うのかを、入念に観察する必要があります。
この状態でエンジンを再始動し、不具合の解消を確認できました。
法定24ヵ月点検の一環として、車両各部のフィルター類を交換します。
左右のタイロッドエンドブーツ。破損の為、グリスを詰め替えて交換。ボールジョイントは左右とも健全です。
ラジエターを洗い、冷却水を交換します。W30はデュアルエアコン装備なので水路が長く、エア抜きには特殊な手順が要ります。
全作業箇所を見直し、作動テストを実施。
やり残したことは無いと確信が持てたら、フロアやシートを組付けましょう。
シャシ下周りを洗浄し、アンダーカバーを組付けます。
W30に搭載されたKA24DEは熱環境が厳しいので、アンダーカバーの役割も重要です。
W30型ラルゴのデビューは、1993年(平成5年)。
最終型の年式ではすれ違い灯(ロービーム)でヘッドライトを検査しますが、ラルゴのライトが設計された当時には無かった法律に基づく検査なので、合格できないのが普通です。
最終型の年式ではすれ違い灯(ロービーム)でヘッドライトを検査しますが、ラルゴのライトが設計された当時には無かった法律に基づく検査なので、合格できないのが普通です。
対向車を幻惑しない範囲に照度と光軸が収まっていることを確認し、走行灯(ハイビーム)で検査に合格させましょう。
不具合が解消されたラルゴに、ヒッチメンバーを取付けます。
W30用の既製品なので、取り付け要領書に従って新品ボルトで締め付けるだけです。
既製品のヒッチメンバー全般に共通する注意事項として、
ヒッチメンバーの耐荷重はボルトの強度で決まる
ということが挙げられます。
ヒッチメンバーの主構造が繰返し応力によって衰えることはありませんが、ボルトが衰損することはあり得ます。万一緩みが生じれば、せん断応力によって折損することもあるでしょう。また、海水や融雪剤によって脆化することもあり得ます。
ヒッチメンバーのボルトは定期点検項目と心得て、毎年必ず状態を確認しましょう。
一連の整備により円滑な機能を取り戻した、W30型ラルゴの運転席。
このセンターコンソールの下で、灼けつくエンジンベイで、運転手の命じるままに働き続けるKA24DEが愛おしく思えてなりません。
ミッドシップかつ四輪独立懸架で3列シートを備えたワゴン。
同様のモデルが今後の日本に現れる確率は低そうに思えます。
高い理想を掲げて、艱難辛苦を乗り越えて市場に投下する。
日本のものづくりの一頁を、生きて伝えてくれたら幸甚です。
おまけの動画は、W30型ラルゴの優れた走行安定性に焦点をあてたプロモーションビデオ。日産自動車が技術的トピックを全面に出して自社製品を茶の間にPRしたのは、この時期が最後だったような気がします。
日産の、日本の、ものづくりを再興しましょう!