シトロエンC4 の警告音が止まらない症状を修理します。
前回の記事で、
□ DTCの確認
□ 症状の分析
□ 配線図確認
を実施し、原因を「ドアが開いていると誤認していること」と判断しました。
ドアラッチを操作しても反応が無いため、ラッチ&アクチュエータを分解調整して「ドアの状態を表す信号を確実に車体側に発信できるように」修理しました。しかし、症状に変化はありません。
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ラッチ&アクチュエータAss'y の新品は、部品供給が無く現品修理しか選択肢がありません。個人の判断でラッチ&アクチュエータの分解をするなら「自己責任で」と前の記事に書きました。自動車整備士ならずとも「分解するからには、必ず以前よりも良好な部品に仕上げる」という一貫した品質意識をもって作業に当たらねばならないことを追記しておきます。
修理後のラッチ&アクチュエータAss'y は、単体テストで正常動作を確認してからドアに組み直し、オーナーの日常を再現したテストモードでも正常動作を確認済みです。
以上を踏まえて、次の段階に進みましょう。
現時点でドアラッチ&アクチュエータAss'y は「ドアの状態を車体側に発信できている」、その確証はどこから得たのでしょうか?
その答えが、下の写真です。
点検用の電極が挿入されているのは、ラッチ&アクチュエータのカプラーです。
ドア内のカプラーで正常な信号が確認できているのに、車体側には伝わっていない。カプラーの端子は全部で7本。このうち、ドアが閉まっていることを示す信号は2番と3番の端子を通過しています。3番の端子はメカニカルキーの操作に関わるマイクロスイッチと回路を共用しており、メカニカルキー操作に関わる機能はすべて正常に動作していることが確認できています。
ということは、2番の端子から発信された信号がコントロールモジュール(=BSIモジュール)までの経路のどこかで途切れている、と推察されます。
そう、どこかで。
途切れた場所を探すにあたり、最初にドアを点検することに決めます。
運転席のドアは他の4枚とは比較にならないほど頻繁に開閉されているはずだから、運転席のドアだけに起きている症状の原因はドア内部からヒンジ周辺に潜んでいる可能性が高いのではないか?、と予想したのです。これは蛇足ですが、ドア開閉の繰返し応力によって配線が損傷し、瞬断や断絶を招いた例は枚挙にいとまがありません。
ロック&アクチュエータからドアヒンジ手前の配線を分解してドアラッチの開閉信号を確認します。ここまでは正常です。
ドアヒンジ部の上流と下流で、配線の導通を調べます。
ステップからダッシュボード横のトリムを外して下流側へ、上流側にはスピーカー穴からアクセス。
ヒンジ部の下流側、つまり車体側のハーネスには、ここから探針を付けます。
写真で見る以上に、作業域が狭い。
導通は、正常です。ドア開のままラッチを操作すると、正しい信号が車体側のハーネスに到達しています。ドアを開閉させながら測っても、ラッチからの信号は途切れません。
「運転席ドアが閉じている」という信号だけが、車体側に届いていない。
「その原因がドア周辺にあるのでは」という予想は、外れが確定しました。
ならば、どこか?
「ドアは閉じているのに半ドアと誤認している」
「半ドアのままPレンジ以外にシフトした」
「半ドアのまま駐車ブレーキが解除された」
これらの判断をしているのは、BSI(=Built-in System Interface)モジュールです。
シトロエンC4ピカソIIの骨格は、グループPSAのEMP2-V1プラットフォーム。
社外の電装品を後付けしていて、途中で嫌になってしまったかのような配線のまとめ方です。
現車は右ハンドルですから、BSIは助手席側グローブボックスの奥にあります。
▲ Groupe PSA EMP2 Platform |
これまでの点検整備は、すべてドアラッチからBSIまでの配線に焦点をあてたものです。
BSIそのものが故障している可能性も、ゼロではありません。しかしテスト用のBSIがあるわけでもないので、その判定はBSIカプラーの端子にドアラッチからの信号が届いているのを確かめてからにしましょう。
まずは現車のBSI周辺の様子を観察します。
こんなに奥まった場所にヒューズボックスを配置する、設計者の想像力のなさよ...
後付けされた電装品の配線が、BSI周辺に詰め込まれています。
これらは一旦すべて取り除き、修理完了後に新たな配線を施工します。
社外の電装品の配線を追加する場合には、内装との無用な干渉を避けるために、純正配線と同じルートを通すのが基本です。この際、追加した配線の固定のしかたによっては純正配線を障害する恐れがあることを、肝に銘じておきましょう。
□ 全端子の清浄化
素人の趣味ならテヘペロで済んでも、整備士の仕事ならそうはいきません。
BSI本体を摘出。
B+とACCがヒューズの下流側から取り出されていることを確認。念のため、全ヒューズの保持状態と全カプラーの端子外観を点検します。
BSI故障の判定が出る場合に備えて、品番を記録します。
BSIのマウントブラケットにも、ヒューズとリレーが配置されています。
まるで、交換や点検を拒むかのようなレイアウトですね。
まるで、交換や点検を拒むかのようなレイアウトですね。
それにしても目立つのは、カプラーの数が多いこと。
よく見ると、雄雌同形状のカプラーをもつ配線で、単純に延長していることが解ります。これは、汎用のプラットフォームに様々なボディを架装し、沢山のパワートレインを使い分け、右ハンドルと左ハンドルの両方を仕立てるための工夫でしょう。
シャシーだけでなく配線も標準化されている、ということです。
BSIのカプラーから、ラッチ&アクチュエータAss'y のカプラーの2番端子に繋がる線を抜き出して、運転席のドア閉じを示す信号の有無を確認したかったのですが、それを実行するには厄介な障壁があります。まず、BSIがドア閉じを認識するために用いる信号はラッチ&アクチュエータのマイクロスイッチの開閉による単純なON/OFF信号でしかありませんが、エンジンコントロールユニットやインフォメーションディスプレイ等、他のモジュールとの相互通信にはCAN通信を用いていることです。
こんなに中継箇所が多い純正の配線をテスト用に加工してから作動テストができるまでに組み立て直すということ自体、不測の事態を招くリスクがあるでしょう。
また、端子の緩みや被服の損傷による一時的な途絶だったとしたら、クランプを解いてテストした時には良好で内装を組み立て直したら不具合が再発、ということもあり得ます。
総じて、運転席ドアからBSIまでの配線を、雄雌同形状のカプラーで延長した部分を含めて健全化することが先決、と判断。
すべてのカプラーを分離して、
□ 端子の後退がないか
□ ロックに緩みがないか
□ 過熱の痕跡がないか
□ 追加工のによる障害がないか
を丹念に調べ、接点洗浄剤を塗布して確実に結合します。BSI側に接点洗浄剤を使用すると、基盤のあちこちで短絡が起きて破損することを忘れずに。
配線の健全化は、繰り返し導通確認をしたドアヒンジ部のカプラーにも、例外なく実施します。作業域が狭いので一旦ドアを取り外し、車体側の配線のクランプも取り外して、ドアの開口部で再結合。
作業域が広がると、ドア開閉の繰返し応力もシミュレートしやすくなります。
運転席ドアからBSIまでの配線を、延長部を含めて健全化する。
結果的にこれが奏功し、無用な警告の発報を治めることができました。
結果的にこれが奏功し、無用な警告の発報を治めることができました。
□ カプラーの嵌合改善
□ 社外品の配線を削除
やったことはこれだけです。
文字起こしすると「これだけ」ですが、結構広範囲を分解しました。
文字起こしすると「これだけ」ですが、結構広範囲を分解しました。
イグニッションONの状態で配線を揺するなどしても、警告の誤作動はありません。
社外の電装品の配線を刷新し、
ドアをもういちど取り外してカプラーを結合しなおせば、
修理の目的は達成です!
修理の目的を果たした後の組み立ては、特別な緊張感をもって行う意識が必要です。
点検整備の過程で分解したトリムや探針を挿した配線は、新車と同じかそれ以上の耐久性に回復させたうえで、広範にわたる分解の事実を「跡形も残さぬように消し去る」意識で組み立てます。
ボルトやスクリューは座金の跡を合わせて締め付け、クリップやウェザーストリップは異音を招かぬように繰り返し調整しましょう。
オーナーの立場からすれば、修理の目的が果たされているのは当然のこと。
整備士は、作業の範囲に従前より故障しやすい状態を残さないのが、当然のことです。
修理の目的を達成したことで気が緩んでしまうと、
□ 内装が軋んだり
□ 風切り音がでたり
□ 目違いやヨレを見落としたり
□ 材料の残滓や汚れが残ったり
といった不快な要素が、成果を台無しにする恐れがあります。
素人の趣味ならテヘペロで済んでも、整備士の仕事ならそうはいきません。
ここは、おもてなしの心意気を見せる工程と心得ましょう。
すべての作業域に心を配りながら作動テストと走行テストを行い、故障コードを再確認。
これで、今回の修理は完了です。
グループPSA(現 ステランティスN.V.)の共通プラットフォーム「EMP-V1」を使用する主なクルマは、以下のとおり。
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【シトロエン】
・C4 ピカソII(2013-20)
・スペースツアラーII(2013-22)
・グランドC4ピカソII(2013-22)
・C6 ファストバックII(2016- )
【プジョー】
・308 II(2013-21)
・408 II(2014- )
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今回修理した C4 ピカソII の「EP6型」1,600㏄ 直列4気筒ガソリンターボエンジンは、シトロエンのほか、プジョー、DS、MINI、BMW1シリーズなど、20車種以上に搭載されました。
また、欧州で販売された C4 ピカソII は左ハンドルのディーゼルエンジンが大勢を占めており、現車の修理に役立つ情報は殆ど得られませんでした。
今回の故障は、個別に設計されたクルマには無い要素(車体側ハーネスの延長等)が原因要素のひとつだったのではないかと、FTECは認識しています。
今後、自動車メーカーの統合が進むにつれて、類例が増えるかもしれません。
日本における自動車の平均使用年数は、2021年(令和3年)の統計で、13.87年です。
この数値は、
・イギリス 9.4年
・ドイツ 9.8年
・フランス 10.3年
・イタリア 11.8年
よりも長く、G7の構成国で日本の「13.87年」より長いのは、
・アメリカ 15.3年
・カナダ 15.4年
この2カ国だけです。
世界に冠たる自動車メーカー8社を擁する日本にも、まもなく再編の波が訪れるでしょう。
そのとき、責任あるものづくりを堅守できますように。
ものづくりは、おもてなし。
それが日本人の美徳だと、FTECは思います。