リンカーン コンチネンタル マーク5 (1979年式)です。
エンジン不調の修理で入庫しました。
主な症状は、
・ アイドリング回転数が髙過ぎる
・ 水温が通常温度に達するとハンチングを始める
・ 回転数が髙いにもかかわらずトルクが薄く、走行中にエンジンが止まる
・ 触媒が過熱し、レーシングすると大量の煤が排出される
・ キーOFFでエンジンがすぐに停止しない
など。
現車は1979年当時のオリジナル状態を良く保っており、402CID(6.6リッター)の フォード400クリーブランドが鎮座するエンジンルームも、ざっと見渡した限り粗雑な改造の痕跡はありません。
修理に着手するにあたり、軽々な改造を慎み純正の仕様を尊重することを、オーナーとFTECとで確認しました。
まず、現状把握のために調整の要所要所を点検します。
すると、燃料系にも点火系にも、あちこち出鱈目に弄られた形跡が。
中でも驚いたのがここ。ディストリビューターのリテーナーがついていません。
おそらく、車検で調子を崩したエンジンを、どうにか手懐けようとしたのでしょう。
リテーナーをはずしたものの、ディストリビューターを回すことはできなかったようです。
がっちり嵌合して固まっていたおかげで自走で入庫できましたが、もしも走行中にディストリビューターが外れたらどうなっていたことか・・・。
工場にあった鋼材と、以前バラしたフォードのV8 から採取したボルトで代替品を製作。
製作したリテーナーを専用のレンチで締めこみ、ディストリビューターを正しく固定します。
まずは正規の点火タイミングにセットすることができました。
次に、左右アンバランスで異常に濃くセットされていたキャブレター(モータークラフト2150)のアイドルミクスチャースクリューを、先端を確認したうえで常識的な位置に再セット。
エンジンの作動テストを行うと、暖機終了前からアイドル回転数が振れだし、正規のアイドル回転数である 800rpm まで下げようとすると、500~1,500rpm の幅で盛大にハンチングを始めます。トルクは無く、PからR、NからDにシフトするとエンジンが止まってしまいます。
暖機後の状態で、燃料供給量と点火タイミングを固定するために、各バキュームホースを閉塞。インテークマニフォールド周辺の気密状態を確認。
バキュームアドバンサのダイヤフラムには負圧の漏れが認められます。これはアイドル不調を解決した後に交換することに。
また、点火タイミングを固定してもハンチングの症状は治まらず、故に燃料供給量は一定にならず、そのうえアイドルアジャストスクリューの調整結果に一貫性がないことも判明。
触媒の詰まりや溶損によって背圧が高まっている影響を疑い、エキゾーストマニフォールド後端でパイプを分離して同じテストを実施、顕著な影響がないことを確認。
燃料供給ラインには不適切なフィルターが増設してあり、折れたホースが流量を制限しています。そしてこのキャブは、車検時に大量のキャブクリーナーを飲まされたとのこと。
ガソリンからの析出物がキャブクリーナーによって移動し、細かい通路を閉塞してしまう例は枚挙に暇がありません。キャブクリーナーは、日常的に運用しているエンジンのキャブレターに付着したウェットなカーボンを落とすためには有効です。しかし、放置期間にフュエルボウル( = フロート室)が乾いてしまったキャブレターは、ケミカルでは復調しません。
この場合、もし同じキャブレターが新品または保証付きのリビルド品として入手できるなら、迷わず交換すべき というのがFTECの見方です。
無理な取り回しによって屈曲した燃料ホース |
部品端部で破損させられたバキュームホース |
旧車のエンジンを診断する場合、初期段階では「エンジンを降ろして完全分解する必要があるか」に焦点を合わせます。メカニックはクルマがして欲しがっていることをせねばなりませんから、原因究明のためのテストには先入観に囚われない公正な心事を保って望むことが求められます。
最終的に、
・ スパークプラグの種類と状態
・ CO、HC、Nox、A/F 等の数値
・ 全気筒の圧縮圧力
・ インテークマニフォールドの負圧量
・ EGRバルブの状態
など、アイドル回転数のハンチング症状と関連し得る箇所について集積したデータを分析し、現車のエンジン不調はシリンダーブロックやヘッド等の本体に起因するものではなく、キャブレターを含む制御系統の不具合によるものであると結論付けました。
エンジン本体をクルマに残して周辺の補機類を整え、コンスタントな混合気を供給するために必要な気密を回復させます。インテークマニフォールドを取り外すためには広範な分解を余儀なくされるため、この際ウォーターポンプ周りの整備も同時に行うことに決めました。
冷却水路にも入念な清掃が要りそうです。
ウォーターネックは当然交換、冷却水路はケミカル洗浄で対処します。
交換部品をリストアップして本国から取り寄せます。
純正品が入手できないものについては信頼のおける社外品を準備。
新品が入手できないキャブレターは、カナダのリビルダーから取り寄せました。
ラジエターホースの形状が大分違いますが、この程度なら適合と見做されます。
取り寄せた部品の、検品の様子。
先に述べたように、このクルマの制御は水温が鍵ですから、サーモスタットは純正の作動温度と同じものを選択します。また、長期在庫の間にダメージを被った部品がないか確認することも重要です。
特にオイルシールやパッキン類は、闇雲に取り換えて組み損なうと、能力を発揮しないままゴミになってしまうので、一部品ごとの入念な観察と評価が不可欠と心得ましょう。
ベルトトレーンとともに、補機類を順次降ろしていきます。
クランクプーリーまで外したのは、ウォーターポンプ下側の取り付けボルト(赤矢印)にアクセスするため。
これでウォーターポンプAss’y が取り外せました。
フォード400クリーブランドの場合、フロントカバープレートがウォーターポンプと共締めになっています。フロントカバープレートとエンジンブロックの間は紙パッキンでシールされていますが、ここが決壊すると冷却水とエンジンオイルがエンジン内部で混ざり合うことになり、重大な故障を引き起こします。
ウォーターポンプを取り外す過程で赤矢印の部分が浮いて隙間が生じたため、このプレートも取り外して装着面を整えます。
インテークマニフォールドを取り外します。鉄鋳物なので尋常な重さではありません。
パッキン一体のプレナムパンがあらわになりました。
ここはどことも通気のない閉じた空間なので、本来このようなことはあり得ません。
つまり、ここが通気していた時点で、本来の気密は保たれていなかったことになります。
ブロックも鉄、ヘッドも鉄、インマニも、エキマニも鉄。タペットカバーも鉄!
まさに鉄の塊。鉄の王国アメリカを象徴するかのようなエンジンですね。
取り外した部品を整列させ、取り寄せた部品との整合性と、追加注文の要否を判定。
ワーキングベイを整理して、組付け前の作業に備えます。
故障診断には、動体のまま行う整備前点検と、後戻りできない分解点検があります。
修理方法には種類があり、オーナーの予算や将来の計画に合わせて選択可能です。
しかし、点検の結果に差はありません。為すべきことに目を瞑ることは不可能です。
いずれにせよ、この種の整備は「分解する」と「組立てる」の間の作業が成否を決します。五感を駆使して条件を整え、持続的な性能の獲得に集中することが肝要です。
※ つづく