埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

FTECでタイヤを変えるということ

メルセデスベンツのタイヤ交換を承りました。

このクルマのオーナーは、これまで装着していたピレリの乗り味を大いに気に入っており、新たに履き替えるタイヤもピレリ以外は検討しない、というご意向でした。


今回選択した新しいタイヤは、ピレリ チントゥラートP7CINTURATO P7)。
静粛で長寿命な、サルーン向きのタイヤです。

交換にあたり、考えさせられる出来事があったので記事にします

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はじめに、FTECコーポレーションをご存じない方々に紹介したいことがあります。それは、FTECの生産設備にはタイヤチェンジャーもバランサーも無い、ということです。

タイヤ交換やホイールバランスの調整は、確かな技術に信のおけるタイヤサプライヤー、埼玉ジー・ワイ株式会社 川越営業所 に外注しています。

グッドイヤーのディーラーにピレリの取り寄せを依頼して、FTECは手数料を頂いています。当然、費用はネット通販よりずっと割高にならざるを得ません。

あえてそうすることの意味は、一体どこにあるのでしょうか?


メルセデスベンツが指定するタイヤの仕様は

前 : 225/45R-17 91W  MO
後 : 245/40R-17 91W  MO

ところが、組替えとバランス調整を経てFTECに納品されたタイヤの仕様は

前 : 225/45R-17 91V  MO
後 : 245/40R-17 91W  MO

W” と ”V” は、タイヤが許容するクルマの最高速度を表す、速度記号です。
具体的には、W”が 制限速度 270km/h まで、”V”は 240km/h までのタイヤ
滅多にないことですが、FTECが指示した仕様と異なるモノが納品されてしまいました


ピレリのサイトで車種別のマッチングを調べると、速度記号は”W”と正しく表示されます。このクルマへの”V”の装着は間違いなので、W”に返品交換してもらわねばなりません


「240キロ?関係ないよ」


大抵の人はそう考えるでしょう。
もう少し思慮深い人なら、


「なぜ、VWがあるの?」


と、思い至るかもしれません。

それは至極当然の疑問です。見た目もサイズも同じタイヤで制限速度 270km/h が必須要件なら、”W”ひとつに統一した方がピレリにとって有益であることは明らかですから。

ピレリが安易にそうしなかったことには、それなりの理由があるはずです。

実は、100km/h の速度制限を遵守する模範的ドライバーにも、今回の速度記号の違いは看過できない影響があるのです。 その理由を、以下に解説します。





問題のサイズ 225/45R-17 の速度記号は3種類。既出の”W”と”V”の他、”(=制限速度 300km/h)”があり、それぞれランフラットと普通のタイヤを選択できます。また”W”には、荷重指数が標準の91(615kg)より高い、94(670kg)の仕様もあります。

つまりピレリは、225/45R-17 というひとつのサイズに対し、チントゥラート P7というひとつのコンセプトで、合計7種類のタイヤをラインナップしているということが分かります。



次に、日本市場における流通状況を知るために、Googleで検索してみます。

”Pirelli Cinturato P7 225/45R-17”


その結果、”MO”の刻印があるメルセデスベンツ用の他、アウディ、アルファロメオ、BMWの承認タイヤなど、合計9種類の流通が確認できました




お気付きの方もいるでしょう。今回間違って納品された速度記号”V”のタイヤにも、メルセデスベンツ承認タイヤの証しである”MO”の刻印はあります ← 紛らわしいのは確かですね。

「断固交換。その理由とは?」

速度記号が違うということは、タイヤの構造が違うということです。たとえサイズが同じでも、3種類の制限速度がそれぞれ異なる構造をタイヤに要求するのは当然です。故に、ハイスピードに対応する代わりに失われる性能があるから、ピレリはより低い制限速度の仕様もラインナップしている、と考えるのが妥当です。

また、このクルマの運動性能が前後で異なるサイズのタイヤによって保証されているという事実も見逃せません。ESP(=Electoronic Stability Program)をはじめとする姿勢制御はもとより、市街地における低速走行でさえも、前後で異なる速度記号のタイヤを装着するのは論外のことでしょう。

これらが、先述した「100km/h の速度制限を遵守する模範的ドライバーにも及ぶ影響」の正体であり、「正しい速度記号のタイヤに交換しなければならない理由」です。



以上の検討と考察を踏まえ、組んだばかりの新品タイヤを取外して正しい仕様のタイヤに組替えました。一連の処置は、信託に応えるための判断 によるものです。
ご理解いただいた埼玉GY様とオーナー様には、心より感謝申し上げます。


蛇足ながら、この記事を書くことを動機付けたメールを、ふたつ紹介しましょう。


ひとつは、ピレリジャパンからのもの、もうひとつはヤナセからのもの。
本件に関する、異なる見解を見てとれます。




価値観の平均値を普通と呼ぶのなら、FTECの判断は普通ではないのかもしれません。

前後で”V”と”W”を混ぜたからといって、命にかかわるような支障は出ない。
駆動輪だけを変えるのは日常茶飯事、前後でバランスが崩れても問題ない。
新タイヤならではの感触です、すぐ慣れますといえば押し通せるだろう。

そうかもね。

どれも嘘じゃない。

ラクで早くてカンタンなやりかたを是とするなら、寧ろそっちが正解かも。

それでも、FTECは個々の局面で下した判断に、自信と責任を持っています
たとえ、採算を度外視して時間と手間を注ぎ込んだ結果が、あたり前のように走るクルマを普通より長くお待たせしたお客様に届けただけに見えたとしても。



普通との乖離に戸惑い気味のFTECから、特にこだわりがないので普通でいいよという方々に、お願いです。素人でも容易に想像できることなので、ためしに考えてみてください

ビード上げのついでに調整した空気圧は、クルマが接地するとどのくらい上がりますか?
冬に向かう時期と夏に向かう時期とでは、公差のどちらに焦点を当てるべきですか?
積載量による荷重変化とブレーキの加熱は、タイヤにどんな影響を与えますか?
右ねじのクリップボルトが緩みやすいのは、左右どちらのホイールですか?

答えられなくても構いません。考えてみることが、あなたとご家族の安全に寄与します。




最少量のビードクリームでタイヤサービスのプロが組んだタイヤと、石鹸水で素人が組んだタイヤとでは、ホイールがブレーキに熱せられた時の空気圧の変化量がまるで違うのですよ。

蓄積した経験をもとに必要な措置を講じること。
それによって、いかなる問題も起こさないこと。

それが、FTECでタイヤを変える人が受取って然るべき付加価値です。
今回の出来事は、そのことを再認識させてくれました。

機会に恵まれたことに、心から感謝しています。




【Information】 メルセデスの為のタイヤ、MO / MOEタイヤの交換をご希望の際は、MO タイヤ、または MOE タイヤをご指名ください。MO は Mercedes Original の略語、MOE は Mercedes...
Posted by メルセデス・ベンツ日本/Mercedes-Benz Japan on 2015年5月27日