埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

ブロンコのシャシ整備・1

フォード・ブロンコ(1994)です。
走行時に、車輛各部から発生する異音を修理します。

現車は、過去に前左右のラジアスアームブッシュの破損を確認し、ウレタンブッシュに交換済みです。現在のオーナーは運転が丁寧ですが、その前に荒っぽく乗られた形跡が随所に認められます。


この年式のブロンコの前サスペンションは、DANA 44 IFS(= Independent Front Suspension)です。ラジアスアームはギヤキャリア兼スイングアームから後方に伸びて、ブラケットを介してフレームに連結されています。交換済みのブッシュはフレームとの結合部にあたり、素材は純正のゴム製から硬度を増したポリウレタン製に変更してあります。



はじめに、走行テストで症状を確認します。

加減速時、特に停車の瞬間に、重量物が暴れるような重い打音が響きます。また、段差を超える時には別の重量感の音が鳴り、コンクリートの壁際を微速で通る時にはタイヤの回転に同機した異音が聞こえます。

その他に、スロットル開度50%程度で1→2速の変速ショックが大きい症状があります。これは、E4OD型トランスミッションにサイズ違いのタイヤを装着した場合にありがちな症状です。

変速プログラムは変更できないので、ショックの出ない運転操作を心掛けてもらうより他にありません。現車のオーナーには、無意識にそれができる技術があります。



異音の修理で大事なことは、再現性です。
整備士は、「こうすれば必ず出る」という運転操作を、オーナーに習います。
整備後に同じ運転操作をして、出ていた異音が出なければ完成。それが基本です。

しかし、現実は教科書通りではありません。
異音の原因が事故であれば、その影響箇所を新品に変え続けて治すことができます。
経年劣化が原因なら、その影響箇所は全体に及ぶと考えなければなりません。

いちばん目立つ異音を退治すると、次の異音が耳につくようになる。
そういう人間の特性も、考慮する必要があります。



もうひとつ、別の視点で見落とされがちな問題を提起します。
それは、オーナーとは別の、自動車整備士としての感覚を尊重することです。


公道を走る自動車を預かる以上、出庫時に危険な状態のままにはできません。

オーナーからヒアリングした症状を診断するプロセスで、それよりも緊急度が高い故障を発見することが、現実にはあります。また、ひとつの症状の原因特定によって、同じ原因で発生し得る別の故障を発見することもあります。

そのような故障は、複合的にオーナーが指摘する症状に繋がっていることもあれば、これから症状となって自覚されることもあります。



要修理の範囲がオーナーの心積もりよりも広い場合に、修理の順序、費用と工期の見通し、変更や追加を含む進捗の報告を、オーナーにわかりやすいように工夫して、お伝えする。

それが自動車整備士の職域の範疇か否かは、事業所によって意見が割れるところでしょう。しかしながら、少なくともその重要性を理解して協力する姿勢が、これからの自動車整備士に必携のスキルとなるとFTECは確信しています。



現車の診断に戻りましょう。

異音の発生源は、まさしく多岐にわたっています。
一度に根絶することは、現実的に不可能な状態です。

故障を系統ごとに分けて、原因を潰していくのが合理的な修理方法といえます。








修理の順序の決め方は、危険かどうかが最優先で、保安基準適合が絶対条件です。
そして、交換部品の供給状況や代替手段の有無も、修理の順序に影響します。

危険かどうかの判断には、オーナーの症状への理解と運転操作にも関わりがあります。
現車は貨物登録の1年車検なので、経過観察で判断を見直すことが比較的容易にできます。

オーナーとFTECとの間に信頼関係があれば、数年をかけて毎年アップデートすることも可能です。



ブレーキテスター上で発揮できる制動力が、保安基準ギリギリです。
ハブベアリングにガタが生じると、遊び量を詰め切れなくなることに注意しましょう。






この記事では、FTECの故障診断の要領と考え方を紹介しました。

これから始める異音の修理には、アメリカ市場から直接部品を取り寄せたり、日本の道路運送車両法に適合させる工程が複雑に絡みます。

実際の修理では、同じ領域を何度も分解したり、部品待ちの間に異音とは直接関係のない領域を修理したりという工程がありました。

次回以降の記事では、こうした付帯的な工程も含めて、時系列で紹介していきます。

三菱ジープの車検整備

三菱ジープ(J55型)の前アクスルを、車検整備の一環として修理します。

ナックル内側のダストブーツが、左右とも溶けて破れています。この部品の交換には、前アクスル周辺の広範囲に及ぶ付帯作業が必要です。


ほとんど同じ作業を、過去の記事で紹介しています。
基本的に、三菱ジープ(Jシリーズ)の前アクスルの構造は、共通です。作業の流れだけを知りたい方は、以下のリンク先をご覧ください。

三菱ジープの前アクスル整備(1/2)
三菱ジープの前アクスル整備
 
この記事では、「取り外した部品を再組立てにふさわしい状態に整える」という作業に焦点を当て、FTECコーポレーションの標準作業を紹介します。

「再組立てにふさわしい状態に整える」

これは自動車整備士なら、やって当然と思われるかもしれません。しかしながら現実には、分解の過程で壊れたり、組み方が間違っていることがあります。

FTECが「取り外した部品を再組立てにふさわしい状態に整える」という時、その背景には「その部品がどんな状態であっても」という前提条件があるのです。


現車の積算走行距離は、メーター上で3.3万キロ。メーター交換の履歴はなく、全体のコンディションから推察しても、正真正銘の数字です。

2.7L ディーゼルターボエンジン(4DR5型)は、スムーズでパワフル。始動性も良好で、実用面における不調はありません。


シャシ下周りには、一般的な防錆黒塗装が吹き付けられています。


ナックル内側のダストブーツを観察。裂けている部分は、溶けて糊状に変質しています。




このブーツを交換するためには、以下の付帯作業が必要です。

1. マニュアルフリーハブ脱着
2. ブレーキAss'y 脱着
3. ハブAss'y 脱着
4. タイロッド分離
5. キングピン脱着
6. ナックルアーム脱着
7. ドライブシャフト脱着

つまり、これらが「再組立てにふさわしい状態に整える範囲に含まれる」ということです。

付帯作業においては、まず現車の部品の健全性を調べて、次に再使用不可と判断した部品だけを交換するのが、FTECの基本方針です。


はじめに、前アクスルからフリーハブとブレーキを取外します。





ホイールのクリップボルト(左ねじ)が酷く痛んでおり、手回しで着座させられない状態でした。この問題は、組立ての直前にボルトナットをセットで交換することで対処します。





フリーハブとドライブフランジの嵌合面に使用するガスケットは、欠品製廃です。このガスケットは、ガスケットシートから切り出して新たに作製できます。



土や泥が漏れ出たグリスで固められた上に、シャシーブラックが塗られています。工具に付着して汚濁箇所が拡大すると面倒なので、ケミカルで清掃します。



キングピン周りの外観を観察。なんだか形状の定まらない物がはみ出しています。



一般的なフルードガスケットとは明らかに違い、石のように硬くなっています。スクレイパーで打撃を加えて、ようやく割れる硬さです。




ブレーキを装着するナックル側の様子。ここにも全く柔軟性のない付着物が。しかも、ねじ山の奥まで浸透して固まっています。

なんだこれは...



下側のキングピンを外します。

写真だと付着物の性状が分かりませんが、明らかに普通のシール材ではありません。硬化した接着剤の残滓のように感じられます。



上側のキングピンを取外し。下側ほどではありませんが、接着されている感触があります。




左右逆側の下側キングピン。ここは4箇所のキングピン嵌合部の中でも、いちばん強固に接着されています。

パーテーションラインに、ウェッジを少しずつ、キングピンの中心に向けて対角線上に打ち込んで分離します。テーパーローラー式のキングピンベアリングは、再使用できる状態に温存しなければなりません。


三菱ジープのサービスマニュアルを見返し、キングピン周りのケミカルを確認。グリスとシールが、どの部分にどの分量で使われていたのかを理解します。

シャシグリスは、グリスターから追加できるからといって量を等閑にはできません。ヘルメシールは一液性の半乾性シール剤なので、現車に付着しているのは別物といえます。


ダストシールのリテーナーを分離し、ナックルを取外します。


中のグリスを見れば、問題の深刻度にも見当がつきます。




何だか妙なところが錆びていますね。
原因は何でしょうか?


ギヤキャリアに封入されていた。古いグリスを除去。キングピンベアリングを落下させないように注意。



ナックル内側のダストブーツ(ダストカバー)は、カッターで割って取り外します。よく見ると、空気抜き用の穴が上向きに組まれていたことが分かります。この穴は、下向きでなければなりません


下の写真の赤矢印の部分が、空気抜き用の穴です。上下逆に間違えて組むと、空気が出入りするたびに水が滲入する原因になります。

妙なところが錆びていたのは、これが原因かもしれませんね。


キングピンのシム周辺にも、硬化した接着剤の残滓のようなものが付着しています。シムの表面には付着していないので、この残滓を取り除いてもシム調整は不要と判断できます。



先述した通り、打撃して割らないと剥がれません。



グリスを除去したナックルの内側にも付着しています。ねじ山から内側に流れ込んで、硬化したのでしょう。このことから、硬化する前の流動性を窺い知ることが出来ます。




ベアリングにも、強固に付着しています。流動性があるうちに組んで動かしたのか、ローラーには付着していません。

とはいえ、硬い破片が咬み込んだら動作を支障するおそれがあります。レースの位相が変わるので、残滓が付着したままでは遊び量が狂います。

再組付けにふさわしい状態に整えるには、残滓をすべて除去する必要があります






全部のベアリングがこんな状態なら、新品に交換すべきと考える人もいるでしょう。

しかし、キングピンベアリングを全部新品に交換したら、シム調整も全部やり直しになります。今ここを分解しているのは「ナックル内側のダストブーツを交換するため」であり、これは付帯作業に過ぎないことに留意しなければなりません。

□ もともとキングピンにガタは無かった
□ ダストブーツ交換の付帯作業である
□ 正しく組まれていれば交換しないのが定石
□ キングピンベアリングだけを後から交換するのは簡単

これらの事を勘案して、再使用できる部品は交換しないという方針を、押し通すことに決めました。




この「石のように硬化した接着剤のようなもの」「硬化前には相当な流動性のあるもの」の正体が何であるかは、証明する意味がないので言及しません。ある程度の経験値をもつ自動車整備士であれば、写真を見ただけで予想がつく代物です、とだけ言っておきます。





洗浄油で油汚れを落とせばワイヤーブラシで簡単に仕上がるのが普通なのですが、現車にその常識は通用しません。これまでの判断に間違いが無いことを確信したら、あとは「できるまでひたすらにやるのみ」です。






にわかには信じがたいことに、手ではワッシャーを剥がせません。本当に接着されているようです。







鋼線の軸付きブラシでボルト穴の内側に付着した残滓を除去。真鍮線やナイロン線では刃が立ちません。










残滓を除去して磨いたおかげで、ボルトの傷を発見できました。この表面が毟り取られた痕跡は、オーバートルクで締め付けた際にスプリングワッシャーの端面との摩擦で生じるものです。

このままでは組付け不良の原因になるので、ヤスリでバリを除去します。




続いて、ナックルを「再組付けにふさわしい状態」に仕上げます。

石のように硬い残滓がグリスに混ざってベアリングに到達したら、故障します。そのイメージを念頭におくと、やるべきことが鮮明になり、見落としも無くなります。








「再組付けにふさわしい状態」の一環として、防錆黒塗装を施しました。FTECとしては、分解整備済みの目安にするという意味もあります。

整備していない部分を化粧直しするだけの塗装は、かえって有害だと思っています。





前左のクリップボルト(左ねじ)を、全数交換します。インパクト用のソケットをドリフト代わりにして、まっすぐに打ち抜くことが出来ます。




廃棄する古いナットの中から一番ましな状態のものを選んで、新しいクリップナットを組付けます。ハブ面を傷害しないように、厚手のワッシャーを重ねて締め上げます。




再組付けにふさわしい状態に仕上がった、ボルトナット。



再組付け開始前の、最終確認






新しいダストブーツを組付けるときの潤滑油には、エンジンオイルを使っています。






部品構成と締付トルクを確認。


金属製のシールリングは、変形させないと収まりません。所定の位置に収めたら、合口に隙間が開かないように元の形状に戻します。






ナックル内側の構成部品が整ったら、新しいグリスを詰めてドライブシャフトを挿入します。






キングピンベアリングは仮止めで、4箇所均一に規定トルクに上げていきます。転舵方向の起動トルクが適正であることを確認できたら、次の工程に移行します。



シールリングの形状を綺麗に戻すと、この工程の精度が上がります。グリスでぴたりと所定の位置に納まって動かない、これが理想です。







ナックルと嵌合するブレーキ側の面にも、件の残滓が付着しています。この面に残滓が咬み込んだまま組み付けると、ドラムとライニングの位相が狂います

嵌合面はスクレイパーで平滑に均して、ねじの貫通する穴周りはNOGAバーで清掃します。







ホイールベアリングは、グリスにパックされた状態で清浄に保たれていれば、そのまま組み付けても問題ありません。水分の浸入が見られる場合は、侵入経路を特定してグリスを全量交換します。

ベアリングを再使用する場合の締付トルクは、新品の締付トルクよりも少なめにします。








ブレーキパイプのユニオンは、ロックプレートを入れない状態で、ホースとパイプの両方にフレアナットレンチをかけて締め付けます。作業域が狭いうえにユニオンが古くて精度に欠けるため、両方に遊びがある状態で慎重に締付けることが肝要です。もちろんこの作業中は、ステアリングが正しく中立位置に保たれている必要があります。





四輪のブレーキラインが結合できたらフルードを注入して、エア抜きをします。ドラムとライニングの隙間調整は、エア抜きの後で行うのが定石です。

各作業箇所のボルトナットには、再度スパナをかけて締め付け状態を確認します。

□ タイヤの接地面からかかる荷重
□ パワートレインから伝わるトルク

等々、「力の流れ」をイメージしながら最終確認を行うと、抜け漏れを防げます。













三菱ジープJ55型の車検整備に関する記事は、以上です。

冒頭でも述べたとおり、FTECはこの記事で三菱ジープの修理例を披露したかったのではありません。もっと普遍的な、「FTECで整備するクルマに共通する心掛け」を知っていただきたかったのです。

純正部品が欠品製廃だからといって、将来の整備性を一顧だにしないやり方で組まれていようとは、事前に計り知れないことでした。今回そのリカバリーに要した時間と費用は、オーナーからご依頼いただいたその他すべての整備項目のそれを、大きく上回る結果となりました。



FTECコーポレーションが提唱する新たな修理プログラム「PAWU( = Pay-as-We-Uncover、段階診断・都度決済)方式」は、このような不測の事態をオーナーと共有し、善後策を迅速に導き出すためのツールです。

取り外した部品を再組立てにふさわしい状態に整える、FTECの標準作業は今後も同じです。PAWU方式の採用は、時代の変化に合わせて情報共有の在り方を変えて、修理を完遂するための役割分担を明らかにする試みだと、ご理解いただければ幸いです。



FTECコーポレーションは、創業以来一貫して「修理に悩んでいるオーナーのお役に立ちたい」と願っております。オーナーにとってかけがえのない一台を「安心して託していただけるように」今後も改善を重ねてまいります。

クルマを愛するオーナーが、愛車を更に好きになる。そういう修理を提供できたら、整備士に冥利に尽きるというもの。

FTECコーポレーションの次のプロジェクトに、どうぞご期待くださいませ。