埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

ブロンコのシャシ整備・7

フォード ブロンコ エディーバウアー(1994)です。
前サスペンションとブレーキの組付けに着手します。

ハイキャスターにセットした状態


この記事では、分解時と組付け時の写真を対比させることで、再組付けにふさわしい状態とは何かを、できるだけ具体的に解説します。


現車は、DANA 44 IFS(= Independent Front Suspension)を装備しています。左スイングアームと前デファレンシャルが一体化する、独特の構造を備えています。


下の図の赤丸印が、ナックル上下のボールジョイント。
このボールジョイントを交換して、アジャスターでアライメントを変更します。



ナックルを分離すると、錆びたキャンバーアジャスターが現れました。アッパーボールジョイントの嵌合部を偏芯させて、1度30分のネガティブキャンバーにセットされていたと判明。


錆びたキャンバーアジャスターの抜き取り。
貫通穴の位置と角度を偏芯させることで、ナックル全体の角度を変更する仕組みです。


冒頭のイラストで見たとおり、DANA 44 IFS は「車高を上げるとポジティブキャンバーに向かう」構造的な特性があります。DANA社は、ユニットサプライヤーとしてFORD社以外にも同じアクスルを供給していました。

現車のこの部分には過去に整備をした痕跡が無いので、このキャンバーアジャスターはブロンコのアライメントを最適化するために、新車時から組み込まれていた物ではないかと推察できます。


このキャンバーアジャスターには、替わりに組み込める社外品がたくさん存在しています。社外品のアジャスターの中には、車高やタイヤ径、走行するステージやスピードに合わせて、アライメントを細かく調整するすることができる商品もあります。

アライメントの目標値は、整備士がオーナーから伺ったお話を分析して決定します。

このブロンコは、

    □ 舗装路を後輪駆動で走ること
    □ 都内の狭隘な路地を走ること
    □ 高速道路で長距離移動すること
    □ 32 x 11.5 のタイヤを用いること

これらの要素に着目し、キャスター角を増す方向で調整することに決めました。


そのために使用するアジャスターは、MOOG社の製品から選択します。このアジャスターの特徴は、DANA44 IFSに溶接されている位置決め用のタブを利用して、ひとつのアジャスターで複数のアライメントにセットできることです。

下の図を見て、原理を理解できるでしょうか?


ここに組付けるアジャスターは、ボールジョイントに嵌合する円錐状の穴を、偏芯させて斜めに開けた構造になっています。その構造は原則的に、純正品も社外品も同じです。


純正品は、実質的に1種類のアライメントしか選べません。現車を例にとれば、180度逆に組めば1度30分をネガティブ側からポジティブ側に変えられますが、極端に車高を下げない限りそのアライメントで走行することはできませんから。

MOOG社は、その偏芯量と角度を変えた製品を、12種類ラインナップしています。このアジャスターは、DANA44 IFS に溶接されたタブとの嵌合部を歯車状のマルチスロットにすることで、複数のキャンバーとキャスターの組み合わせを選べるように設計されています。


下の写真には、純正のキャンバーアジャスターによるアライメントの特徴が現れています。ステアリングを切った状態で、タイヤはどちらに傾いていますか?



この記事の一番上の写真(調整後)と、比較して見てください。MOOGのアジャスターによって、調整後は転舵時にタイヤが内側に倒れ込んでいることが解ります。

新しいアライメントの狙いは、転舵後に中立に戻ろうとする力(セルフアライニングトルク)を強化することと、高速巡航時の直進安定性を補強することです。この目的のために、キャスター角を大幅に増してキャンバー角は微増させるアジャスターを選択しました。

さて
ここからが、本題です。

整備の目的は、より良いドライバビリティを実現することです。
アライメント変更は手段であって、整備の目的ではありません。

ステアリングやサスペンション、ナックルやハブにガタがあるうちは、この手段は使えないのです。現車のサスペンションやベアリングの修理については、過去の記事をご覧ください。


左右のナックルから、上下のボールジョイントを抜き取ります。ナックルとその構成部品は、再組付けにふさわしい状態に仕上げてから、新しいボールジョイントを装着します。


ボールジョイントの抜き取りは、OTC製のサービスキットで行います。OTCは現在BOSCHサービスソリューションズの一部門ですが、自動車整備工具のメーカーとして100年以上に亘り信頼を集めてきた、名門中の名門です。


スチールのワイヤーブラシで、ナックル全体から油汚れと浮き錆を落とします。
汚れたままだと、スナップリングを見落としかねない酷さでした。


工具を掛ける前に、浸透性の高い潤滑剤を用います。
事前に周囲を磨くことで、最小限の量で最大限の効果を狙えます。


OTC製のサービスキットは、アルミ鍛造品であるにもかかわらず、インパクトレンチが使えます。適切なアダプターを組み合わせることで、油圧プレスよりも早く作業を進められます。



一般的な油圧プレスでこの作業をするなら、水平垂直を確保するための専用治具を、何個も作ることになるでしょう。OTCの工具は素材も含め、巧妙な設計になっています。


もちろん、抜いた後のボアは表面を均さなければ新品を組めません。
完全な嵌合を阻害する錆だけを除去するのが、理想です。



酸化鉄は、鉄よりも硬いことを意識してください。現状は、機械仕上げ面同士をピタリと嵌合させる所に、人間の爪が引っかかるほどの段差があります。このまま駆動工具で無理に組んでしまえば、芯も角度も狂って二度と元に戻らなくなってしまいます。




この写真の使い方で工具の口が開いていかないのだから、素材の世界は奥が深いとつくづく感じます。同じ工具を日本で作るなら鋼製になり、重量増で利便性を損なってしまうに違いありません。




先に抜いたボールジョイントの穴を通して、工具のスピンドルを回しています。
これができるのも、この工具の巧妙なところ。





全部のボールジョイントを抜いたら、ナックルの表面をカップブラシとワイヤーブラシで再清掃。ラスターで残滓を掃って脱脂し、ねじ部にマスキングをしてから防錆黒塗装します。






防錆黒塗装の後に、部品の嵌合面を仕上げます。
ピカピカに磨き上げるのではなく、新品当時の内径に仕上げることが肝要です。




イチグチのフラップホイールは、一般的なアルミナ研磨布を束ねたものです。6角シャンク付きのツイストワイヤーブラシは、鋼線を束ねたものです。このナックルがスチールの鍛造品であることに留意して、様々な研磨剤の中から素材に合ったものを選ぶことも、FTECの整備士の責務です。





下の写真の穴には、奥に帯状の錆が残っています。
この帯状の部分は、この穴に嵌合させる部品と面接触しない、余りの部分です。

このような場合は、組付けを阻害しなければ良し、と判断します。
削り過ぎると取り返しがつかないので、深追いは控えましょう。



タイロッドエンドの嵌合部も、再組付けにふさわしい状態に仕上げます


破壊しなければ取外せなかった、ABS用ホイールスピードセンサーの嵌合部。
ナックルから分離したホルダーも、ナックル本体と同じ要領で仕上げます。





新品のホイールスピードセンサー。
嵌合部の筒径を測定して、穴径との差を確認します。





筒より穴の方が小さい。

・・・どうりで、抜けなかった筈ですね。



何度も測定と仮組を繰り返して、ふたつの部品が吸い付くようにフィットする内径に調整します。




センサーのホルダーは、アルミダイキャスト製です。
アルミも錆びるので、嵌合面以外は清掃後に防錆黒塗装を施しました。


ホイールスピードセンサーが、ナックルに挿入された状態。
下の写真の上方から、アルミ製のホルダーを被せる構成です。


純正のキャンバーアジャスターを抜き取った穴も、当然綺麗に整える必要があります。
MOOGのアジャスターはスイーベルさせられる設計なので、タイトフィットできるだけでは再組付けにふさわしい状態とは呼べません。



アジャスターを打ち抜いた穴の奥、上方に位置決めのタブが見えます。そこから、垂直に線状の錆が発生している様子が見えます。



この線状の錆びは、純正アジャスターのスリットによって生じたものです。これはヤスリで削り落としてからフラップホイールで仕上げないと、真円度を損なう結果になります。



DANA44のツイントラクションビームの開口部から、デフアレンシャルを覗いた様子。
ここもナックルと同様に、清掃・点検・脱脂・塗装してから、嵌合部を磨いて仕上げます。


ここでも、FTECが信頼しているイチグチのフラップホイールが活躍します。
MOOGのアジャスターがスイーベルできるように、嵌合部の内面を仕上げます。


線状の錆びはヤスリ掛けによって、周囲より低くなるように調整します。



トラクションビームの内側は、この機を逃すと防錆黒塗装ができません。
浮き錆をワイヤーブラシで落として一般的なシャシーブラックを施工しただけでも、分解した状態で塗装したのと組んだ状態で塗装したのとでは、機能も美観も雲泥の差になります。




アジャスターの外径寸法も、純正とMOOGで多少は違います。
スリットがある時点で、新品と使用過程品の比較でも差が出るはずと考えるのが妥当です。


下の写真は、ナックル下側のボールジョイントの嵌合部。これらの穴の断面はテーパー状なので、円筒を磨くのと同じ要領では仕上げられないことに注意が必要です。


研磨と仮組を繰り返し、納得の嵌合面に仕上がったら、カッパーグリースを塗布してアジャスターを合わせます。グリースを塗布する意図は、スイーベル調整を容易にすることと、スロット部への水と空気の滲入を防ぐことにあります。





MOOGのアジャスターがキャンバーとキャスターに与える影響を可視化するために、ボールジョイントの先端と似たテーパー形状のペンを下から挿してみました

下の写真の右側が、進行方向です。この傾きによって上側ボールジョイントが後方にオフセットされ、その分キャスター角が増すというわけです。


今回の記事は、ここまでにしておきます。
組付けにふさわしい状態とは何か、感じていただけたでしょうか?

掌に乗る小さな部品を組み替えるだけでも、その性能を100%引き出すためには、清掃・点検・修繕・塗装・研磨などの下処理を、何回も繰り返し積み重ねていく工程が不可欠なのです。その途中で「何だかおかしいぞ」と気付いたら、工程を遡って確認する勇気を持続させることも大事です。

飽き性の人に、FTECの整備士は務まりません。
オーナーより先にクルマの修理を諦めるが如きこと、あるべからず。


おまけの動画は、第5世代ブロンコの魅力を称えるために作成されたものです。
長いプロジェクトを成功に導くには、完成時のイメージを膨らませることも必要です。

次の記事では、組付けにふさわしい状態に仕上がったナックルに、新品ボールジョイントを組付ける様子をご紹介します。