埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

クラウンの車検整備・前編

トヨタ クラウン2ドアハードトップ MS105型(昭和53年式)です。
車検整備で入庫しました。

26年間も車検切れの状態で眠っていた、驚異の未再生原形車。
法定24か月点検を施して、中古新規検査に臨みます。



車庫の構造に由来すると思われる下まわりの錆びつきが酷く、主ブレーキは効いたまま解除できなくなっています。セルモータは回るときと回らないときがあり、クルマの前方には水漏れやオイル漏れが多数ある状態です。

法定24か月点検は現在、56項目。
今回は、ブレーキの整備を抜粋して記事に致します。

.
新車時からの分解整備記録簿と、取扱説明書一式が車載されています。


生産から1年以内に前オーナーの名義になり、最初の5年間で12,000㎞走り、その後は2年で1,000㎞弱のペースで乗られ、平成3年(1991年)に車検切れとなったことが判ります。

すべて同じトヨタディーラーで整備されていることも、特筆に値すると思います。



はじめに全輪を取外して下まわりに潜り、このクルマが過ごしてきた日々を推察。

プライマリーチェックでクルマの全身状態を探ることには、重要な意味があります。特に初入庫の場合、急いて洗浄や清掃に着手すると要整備箇所を見落とすので注意が必要です。


5代目クラウンの生産年は、昭和49年から54年まで(1974年~1979年)。

当時シャシ下まわりに施された防錆処理はまだ拙いもので、車検のたびに洗浄と塗装を行うのが常識でした。現車の下まわりは、全体が薄い塗膜の下から吹き出た錆びに覆われている状態で、蜘蛛のコロニーと化していました。



土埃と漏れた油にまみれたタイロッドエンド。
走行距離が少ないのでジョイント部のガタはありません。


前右フレーム周辺に伝わった多量のオイル漏れ。
パワーステアリングギヤボックスから漏れ出しています。


アッパーアーム外側ボールジョイント付近の油分に堆積した土埃。
前ブレーキもロックしており、手ではハブが回せません。


後ブレーキの外観。前ブレーキ以上に固着しています。



ブレーキローター表面は、磨耗する前に錆びついたと思われる状態。
外周部に段付きが生じていなかったので、キャリパー側に無理な力をかけることなく取外すことができました。



インドラム式のパーキングブレーキ。
完全に乾いてしまっています。
ドラムから排出された粉塵は極少量で、ライニングの残量も充分。



ディスクキャリパーのピストン周辺部。
ここにも、何かが棲んでいたようです(汗)。


ディスクパッドは、内外で強烈な偏摩耗が生じています。
これは、ブレーキに引き摺りが生じたあとも無理矢理運行した痕跡です。


必要な整備の全体像が見えてきたら、部品の供給状況を調べます。

トヨタ共販から入手可能なのは、シールキットとパッドキット。
ブレーキホース(全5本)も、一緒に手配。

幸い、製廃のマスターシリンダーには不具合がありません。


部品手配が済んだら、洗浄と清掃に着手。
四半世紀の間に堆積した汚れですから、高圧洗浄は繰り返し行ないます。



それにしても、蜘蛛の糸の強靭なことには驚かされます。
材料学の分野で研究対象になるのも宜なるかな、という印象。




前ブレーキディスクローターは、ハブの内側に装着されています。

この構造は70年代のトレンドであり、ローター整備に手を付けるにはハブベアリングも整備せざるを得ません。当時の国産車のディスクローターは最近のそれより寿命が長く、ハブベアリングはテーパーローラー式で磨耗が早かったので、整備性の面でも合理的な設計ということができます。




洗浄と清掃を済ませ、ブレーキキャリパーからサポートまでを取外した前ハブまわり。

現車はブレーキが固着していたので、この段階で初めてハブベアリングの遊び量を点検することができます。


ハブキャップを外すと、中のグリスの状態が窺い知れます。






グリスは石鹸状に戻っていたので、全量を排出して新品に詰め替えます。



ブレーキキャリパーの中で固着したピストンを抜くには、マスターシリンダーからの油圧を利用するのが最善です。古いディスクパッドや合板を当てて、ピストンが抜け落ちる直前の状態に全キャリパーを揃えます。


風化したブリーダーキャップは交換。
ブリーダーそのものは、キャリパーオーバーホールの一環として点検洗浄の上再使用。


パーキングブレーキには摩耗が認められません。乾いて錆びて、固まっています。
分解清掃研磨の後に、組立てて給脂して調整すれば回復します。



ディスクローターにも根深い錆が生じていますが、減ってはいません。
ハブ面の浮錆を落としてディスク面を研磨し、再使用します。


バランス調整用のウェッジが溶接されています。
新車時からこうだったのかは不明ですが、珍しい処理ですね。



前工程で洗浄しているにもかかわらず、各輪でこのくらいの乾いた油汚れが出ます。


最小の取り代で研磨を終えたブレーキディスクローター。
摺動面以外に簡単な防錆塗装を施します。


外周端面とハット部分をカップブラシで足付けして耐熱黒塗装。



ハブキャリアにも同じ塗装を施します。



パーキングブレーキのライニングは#60のペーパーで表層を除去。


ディスクパッドのピンやリテーナ、ボルト類は点検清掃して再使用。


前ブレーキのキャリパーサポート。
フローティングピンのグリスを除去して筒内を点検、ディスクパッドの摺動面を清掃して再使用。



稼動部分は遍く平滑に仕上げて給脂します。






ブレーキまわりに用いられるグレード10のボルト類。
トヨタの生産ラインで締め付けられたきりと見えて、ねじ山は綺麗な状態。



ハブキャリアとディスクローターを組付けます。
双方の機械仕上面が吸い付くように密着することを確認して規定トルクで締結。



防錆塗装(アンダーコート)が施された、バックプレートとハブスピンドル。


新しいグリスで満たされたハブキャリアにベアリングを組付けて調整。



手応えが均一になるまで手回ししたら、ハブ整備は完了です。


錆と蜘蛛の巣に覆われていた足回りに、精悍さが戻ってきましたね。

エアスクープ形状のバックプレートやベンチレーテッドディスクローターの佇まいは、1970年代の国産車の装備をリードするものです。

「いつかはクラウン」のキャッチコピーが説得力を持っていたのも頷けます。


さて、こんなに長い記事を全部読んだ方がどれほどいらっしゃるのか分かりませんが、お気づきでしょうか?


「ブレーキの固着はどうなったのか?」


その答えがありませんね。

・・・でも、それもそのはずです。

なぜなら、ここまでの工程は、その修理の下準備に過ぎないのだから。

需要の有無は考えないことにして、次回はその修理を記事に致します。




ところで、途中ですっかり飽きてしまった人は、修理工には向いてないね。


「私なら、ここはもうひと手間かける」



そんな気骨稜稜たる整備士が、他にもいれば面白いのだけれど!