埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

リンカーン マークⅤのエンジン修理 その6

1979年式 (昭和54年式) リンカーン コンチネンタル マーク5です。
エンジンは 402CID (6.6リッター) 400 クリーブランド V8。
制御系に張り巡らされた、バキュームホースの配管をします。


400クリーブランドは、パンテーラにも搭載された351クリーブランドのストローカーで、ボア×ストロークともに4インチ(101.6mm)のスクエア仕様とすることにより、スモールブロックとしては当時最大の402キュービックインチ(6,521cc)を獲得したエンジンです。

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排気量の拡大は、出力向上ではなく排気の清浄化を目的として行われました。その証拠に、アメ車ではないという理由で規制を免れたパンテーラの351CID(5,766cc)が330馬力、先代のリンカーンマーク4が365馬力あったにもかかわらず、このマーク5の出力はわずか170馬力しかありません。



今日の常識とはかけ離れすぎていて信じられないかもしれませんが、当時のアメリカでは「キレイに燃やすとパンチがなくなる」「その分排気量をデカくする」という理論が支配的で、実用車の排気量がどんどん増えても全体として排気の清浄化が進み大気中の有害物質が減れば良しとされていたのです。

騒動の元である大気浄化法(マスキー法)の詳細は割愛しますが、ザックリいうと

5年後には有害物質を10分の1にしたクルマしか販売を認めない

という法律が、1970年(昭和45年)にできたのです。

当初は「そんなことができるわけがない」として、ロビー活動に躍起になっていたアメリカの自動車メーカーでしたが、日本のホンダやマツダが次々と対策を完成させるに至って方針転換を余儀なくされ、手持ちのリソースを総動員して目標数値を達成させることになりました。
フルサイズのアメ車のエンジンが排出ガス規制をクリアするために採った手法は、

・ 排気量の拡大
・ 圧縮比の低減
・ バルブタイミングの見直し
・ 点火タイミングの見直し
・ EGR(Exhaust Gas Recirculation = 排気再循環) による燃焼温度の低減

などであり、それらの制御は今日のようなコンピューターによってではなく、旧来のキャブレターとディストリビューターによるエンジン制御に追加する形で機械的に実現されました。

具体的には、「温度条件によって通路を切り替えるスイッチ」をエンジン各部に取り付けて、「吸気による負圧を分配してデバイスを作動させる」という方式の制御です。

その結果、1975年からの10年間、つまりエンジンがコンピューターで制御されるようになるまでの過渡期に生産されたクルマのエンジンルームには、夥しい量のバキュームホースが張り巡らされることになったのです。

左バルブカバーに貼られたエミッションコントロールラベル。

整備に着手するにあたり、現車のエミッションコントロールラベルを確認します。
概要は、

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 EVAP FAMIRY  TN
 EGR / AIR / CATALYST / PCV 
 D9VE-9C485-AA ACJ
 FORD LINCOLN 5.8M/66 D (2X124)
 400 CID 1979
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資料としては、

・ 400 または 402CID
・ 2バレルキャブレター(Motorcraft 2150)
・ 1979年式
・ 触媒付

のサービスマニュアルがあれば理想なのですが、入手できた資料はどれも年式や仕様が微妙に違い、現車にピタリとあてはまる物がありません。

460CID 標準仕様 (1977

リンカーン バキューム配管図 (1978

350、400CID 2バレルキャブレター 標準仕様 (1976

400CID 2バレルキャブレター 標準仕様 (1975

403CID 4バレルキャブレター 低地仕様 (1979)

400CID 4バレルキャブレター マニュアルミッション仕様 (1979)

351CID (1979)

そこで、現車に装着されているデバイスが要求する条件を満たしてやるべく、構造と機能を洗い直し、新たにバキューム配管図を描き起こすことに決めました。

バキューム配管図を読み解くにあたり、理解しておくべき用語を以下に列記します。
これらは、後年コンピューターに役目を譲って以降、忘れられたデバイス。
それでも、新品を望めば今も入手可能です。

LCV = Load Control Valve (D6BE-9F424-B2A)
VCV =  Vacuum Control Valve
TVS =  Thermal Vacuum Switch
DV  = Delay Valve
PVS =  Ported Vacuum Switch (D7LE-A1A)
TVV =  Thermal Vacuum Valve (D7BE-A1A)
VDV =  Vacuum Delay Valve (D3DE-AB)
VCV =  Vacuum Check Valve
VMV = Vacuum Modulator Valve
VRV = Vacuum Regulator Valve
VSV = Vacuum Switching Valve

CP-TVS = Canister Purge Thermal Vacuum Switch
DC/CP-TVS = Distributor Spark & Canister Purge Thermal Vacuum Switch
DS/P-TVS = Distributor Purge Thermal Vacuum Switch

DS-VCV = Distributor Spark Vacuum Check Valve
DS-VR = Distributor Spark Vacuum Regulator

EEC-TVS = Evaporative Emission Control Thermal Vacuum Switch
EFE = Early Fuel Evaporation System
EFE-TVS = Early Fuel Evaporation Thermal Vacuum Switch
EFE-VCV = Early F uel Evaporation Vacuum Check Valve

SVB-TVS = Secondary Vacuum Break Thermal Vacuum Switch
SRDV = Spark Retard Delay Valve




ローテンプサーモはTVSのヒステリシスに影響を与えます。

水温が制御の鍵なので、温度条件が揃うよう配慮します。

青色のジョイントにはオリフィスが仕込まれています。







このスイッチで、フルロード時の点火タイミングを2~4°遅角させます。

FTECで把握した限りでは、79年式のみに装着されたデバイスです。



ダメージのあるホースは、オリジナルのものと長さを合わせ、かつ自然な取り回しとなるように新品のバキュームホースを切って交換します。長い年月が経つうちに、間違って配管されたり、不適切な長さで交換されているケースもあるので、よく検証して接続していきます。


汎用の端子と配線で繕われたクーラーコンプレッサーの配線。すでに数カ所で千切れている上、外観も好ましくないので大きく切り取って作り直しました。


最初期の診断の段階で、触媒の詰まりを確認するために外した左右のエキゾーストパイプをマニフォールドに再結合。(直管の爆音もなかなか魅力的でしたが・・・。)


バキュームホースの配管が完了したことを再確認したら、エンジン補機類ドライブベルトを装着。エンジンオイルを交換して、スパークプラグを抜いて、ディストリビューターのコネクターを抜いて、油圧が上がるまで数回に分けてクランキング。

いよいよ、再始動です。



組み上がったエンジンは、完全暖気後の点火タイミングを 800rpm 時 BTDC14°にセット、その後 600rpm に下げて CO : 0.8%、HC : 50ppm までアイドルミクスチャーを絞ることができました。最終的に規定値の範囲内である 650rpm にセットして、調整完了です。

入庫時のハンチング症状は消え去り、アイドリング時のトルクも回復しています。
走行中アクセルオフでエンジンが止まったり触媒が過熱する症状も、もうありません。

高温の薄い混合気を燃やし切る、1970年代のアメリカにおける挑戦。
その成果を垣間見ることができる、貴重なエンジンが蘇りました。

オリジナルペイントを証明するスタンプ。

あらゆるボディーパネルが、血統を証明しています。

基本性能を満たしているエンジンには、アップデートメニューも自信を持ってお勧めできます。乗り手の嗜好や運用の状況、日本の交通事情に合わせたプランを練り上げることは、やらねばならないことをやり遂げた人だけに許される至福のひとときになるでしょう。






地道な工程を経て復調に至った、1979年式 リンカーン コンチネンタル Mk.V。
全長6メートルに迫る堂々たる体躯は、歴史の生き証人としての存在感も十分。

この記事を読んでくれた方はもうお気づきでしょうが、このクルマは「動力性能より環境性能を優先させる」断固たる決意のもとに誕生した、最初期のエコカーでもあったのです!


※ おわり