ブレーキのルーティンメンテナンスで入庫しました。
低速走行時に、カーブに差しかかった電車のような金属音を発しています。
ディスクローターとパッドを交換し、関連箇所の健全性を確認します。.
300C SRT‐8 には、純正部品として専用のブレンボ製ブレーキが奢られています。
6.1リッター425馬力の動力性能と、1.9トンの車両重量に相応しい制動装置です。
ディスクローターはMOPAR純正のスリット入り、前後セットで交換します。
ベンチレーテッドディスクが歪んでジャダーが出た場合、研磨では修理できません。
同じオーナーが同じように乗れば、たちまち症状が再発します。新品の純正ローターに交換して、長期にわたって安定した性能を維持できるように修理します。
純正ローターには、錆止めのコーティングが施してあります。
摺動面だけを脱脂して、グレーのコーティングはなるべく残したいところ。
限界まで磨滅したブレーキディスクパッド(写真左)。
ここまで減ると、ウェアインジケーターもローターに接して警告音を発します。
ローターを取り外したハブ表面には、浮き錆が発生しています。
綺麗に除去しないとブレーキタッチを損ないます。ここは、特に踏み始めのレスポンスに差が出るところ。
ブルーグレーに見えるのが、純正の防錆コーティング。
リバースタイプのベンチレーターが見えます。
ディスクパッド交換のために取り外した部品たち。
ブレーキパッドのデブリがモリブデングリスに付着して固まっています。
再使用するこれらの部品を徹底的に清掃してコンディションを整えることで、ブレーキの感触と寿命を大きく改善することができます。
ディスクローターと面接触する部分はこの処理を施すことによって、正確な当たりが促されます。先々のメインテナンスも楽になるので、FTECでは標準化している作業です。
ディスクパッドを固定するクロスプレート。パッドの動きをピストンの動作方向に限定し、かつそれ以外の動きを許さないことがこの部品に与えられた使命です。洗浄後、パッドとの接触面が平滑であることを確認することが肝要です。
リテーニングピンも、正確なブレーキタッチをパッドの寿命が尽きるまで維持するためには清掃が欠かせません。これはステンレスワイヤーのブラシをかけて磨いているところ。
これで、再使用する部品の清掃・点検が完了し、ブレーキパッドを組む準備が整いました。
今回の整備は単なるパッドとローターの交換ですが、ここまでの作業はやるのが当たり前というのがFTECの見方です。
この記事の冒頭に書いた「関連個所の健全性を確認する」とは、ブレーキディスクキャリパーのピストンの動きに不具合の兆候があるかを見極める、ということを含みます。
パッドの動きにピストンの動きを鮮明に写し出すためには、この作業は必要不可欠です。こうして組まれたブレーキだけが本来の性能を発揮でき、キャリパーやハイドロリックシステムの不具合の兆候をシステムの末端から慮ることを可能にする。FTECはそう信じています。
組立ての準備が整い、部品を並べて一息ついていると、妙なことに気付きました。
新品パッドに組まれているインシュレータ。これはダメでしょう。
リテーニングピンが通る穴に、金属板のインシュレータがはみ出しています。
ピンは最終的にポンチで打ち込んで固定するので、このままでも組めてしまう可能性があります。ブレーキキャリパーがピストンを押し出す圧力はこの程度の不具合はものともしないので、ピンを傷つけても、引きずってでも作動して、ちゃんとブレーキは効くでしょう。しかしこのまま組んでしまえば、設計通りの性能を引き出すべく積み重ねてきたここまでの段取りが水の泡です。
クライスラーとブレンボの名誉のために断っておきますが、このディスクパッドは純正品ではありません。問題のインシュレータは一度はがして形を整え、正しい位置に組み直しました。
ブレンボキャリパーのブリーダーは、前後合わせて8本あります。1本だけ妙に錆びているブリーダーがありました。これは一度取り外して錆を落とし、キャリパーと接触するシート面が綺麗なことを確認して組み直し。
古いディスクパッドは、前後とも完全に磨滅しています。ということは、ピストンも限度いっぱいまで押し出されている、ということです。
ピストンを押し戻す際には、デブリでキャリパー側のオイルシールを損なわないようにダストブーツの健全性を確認して、ピストンの露出部分を清掃します。また、ブレーキラインを逆流したデブリがハイドロリックシステムを破損させないように、必ずブリーダーを開けて古いフルードを排出しながら押し戻すのが基本です。
ディスクローター周方向のパッドの動きは、当然キャリパー本体が受け止めます。
この面も、デブリが堆積しているとパッドの正確な作動が制限されてしまいます。
磨き上げて平滑を確認し、パッド側の接触面に最小限の給脂をして組付けます。
赤矢印の面は、平滑であれば給脂の必要はありません。
グリス類の塗布量を必要最小限にとどめることで、経年による性能低下を抑制できます。
ディスクパッドに付属する、PTFE 配合のシリコングリス。
十分過ぎる量で、余るのが普通です。
インシュレータとバックプレートの位置関係を確認しながらディスクパッドを組付けます。
A = A' が理想。 |
組上がった後ブレーキ。クロスプレートは斜めにも組めてしまうので、フェンダーに頭を突っ込んで正面から組付け状態を確認します。
最後に、ブレーキオイルを全量交換。使用するのはAte スーパーブルーレーシング。
エアクリーナーエレメントの汚れが目立っていたので、これも交換。
ブレーキパッドやディスクローターを交換したら、慣らし運転が必要です。
ディスクパッドのメーカーは、最初の300km程度はソフトなブレーキングを心がけて、新品同士の面をすり合わせることを推奨しています。
クライスラー300C SRT-8のブレーキは、4輪に4ポッドキャリパーを備えています。ピストンの数は全部で16。すべてを滑らかに作動させるのは、存外に難しいことなのです。今回の作業によって、次にディスクパッドの交換をする際には、8枚のパッドの減り方から多くのフィードバックを得られるでしょう。
人間の感性は意外に鋭敏で、数値に現れない僅かな違いを快感として捉えることを覚えると、雑な仕事を甘受することは決してできなくなるものです。FTECは、価値観を磨き上げた乗り手の期待に応えるために、部品を磨いているのかもしれません。
今回のおまけ動画は、2012年のスーパーボウルでハーフタイムに放送された、クライスラーの企業広告。クリント・イーストウッドの静かな語り口が、視聴者のイグニッションスイッチを撫でるかのような、じつに美しい出来栄えのCMです。