埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

リンカーン Mk.V のシャシー整備 3/5

1979年式 リンカーン コンチネンタル マークⅤ のシャシー整備。
第3回は、リヤブレーキキャリパーのオーバーホールに着手します。
シールキット交換の前段階として、再使用する部品の点検整備を行ないます。


マーク5が生産された1977年から1979年の期間には、主要コンポーネンツを共有するモデルが複数存在しました。それらのモデルのうち、リヤブレーキにディスク式を採用していたのはこのマーク5の他、グラナダ(フォード)、モナーク(マーキュリー)、ベルサイユ(リンカーン)の3車種。

リンカーンマーク5は、それらの頂点に君臨するモデル。車格と重量に合わせてピストン径2.6インチ(66.04㎜)の、特別なブレーキキャリパーを装備しています。



同系列各車の前後ブレーキ仕様表。

一般的にリヤブレーキは、走行中に使用する減速のための主ブレーキ系統(油圧式)と、駐車中に使用するパーキングブレーキ系統(機械式)の、2系統に分かれています。

リンカーン マーク5のリヤブレーキキャリパーは、油圧による主ブレーキとレバーによるパーキングブレーキを、同軸上に配置された独特の仕組みによって満足させる構造になっています。


パーキングブレーキの概要。

点検の結果、現車のパーキングブレーキは片側がほんのわずかに効いているだけで、2.3トンの車体を留め置く能力にはまったく足りていないことが判明しました。日本の車検はパーキングブレーキが片側一輪でも合格となり得るのですが、現車はとても効いているとは言えない状態。

パーキングブレーキが効いていなくても、オーナーが気付かない。
そこには、リンカーンならではの理由があります。

リンカーンのパーキングブレーキは、シフトセレクターレバーを操作すると自動解除される設計になっているのです。Pレンジからその他のギヤにシフトするときはフットブレーキを踏んでいますし、その他のギヤからPレンジにシフトするときはすでに停車した状態です。

勾配のある場所にNレンジで停める等の特殊な条件が揃わない限り、パーキングブレーキが効いていないと乗り手が気付く機会はないことになります。また、そもそもパーキングブレーキを使用せず、Pレンジで機能するパークロックだけで良しとする乗り手が多くいることも事実です。

いずれにせよ、リヤブレーキキャリパーに整備を施す以上、主ブレーキと同軸上に配置されているパーキングブレーキ系統も、同時に所定の性能を発揮できるよう回復させねばなりません。


リヤブレーキサポートからブレーキキャリパーを取外す工程は、フロントのそれと同じです。リテーニングキーとスプリングは、先を削って丸めた貫通ドライバーで打ち抜きます。


車体側フレアナットの形状が崩れないようにブレーキホースを分離して、キャリパーを降ろします。



ピストンを抜いてボア側を点検。状態はフロントブレーキより良くないように見えます。

正しく機能して所定の性能を発揮している部品より、整備や調整の拙さで偏った性能しか発揮できない部品の方が、より深刻なダメージを蓄積していく。

現車のブレーキに見られる前後の違いは、そのことを裏付けているようです。






洗浄層でボア内面のデブリを取り除いているところ。
何層にも重なっている瘡蓋状の錆が次々に剥がれ落ちてきます。



リヤブレーキディスクキャリパーの部品構成を表す組立図。

キャリパーハウジングの手前側に主ブレーキの油圧がかかり、奥に向かってピストンを押し出します。ピストン内側にはアジャスターが内蔵されていて、ブレーキディスクローターとパッドとの隙間を調整して組付ける構造になっています。

ここの調整に失敗すると、他のどの場所をいじってもパーキングブレーキは効きません。

分解時の写真を使って、順番に見ていきましょう。


パーキングブレーキペダルとワイヤーで連結される、アクチュエーティングレバー。


中央に見えるのが、パーキングブレーキのオペレーティングシャフト。


エンドリテーナーを取り外すと、オペレーティングシャフトとスラストベアリングが現れる。
古いOリングシールは必須交換部品なので切れても問題無し。


スラストベアリングをピックアップ。洗浄して円滑な動作を確認。


ローラーの当たりを見れば機能していたかの判断は容易。


パーキングブレーキオペレーティングシャフトを取外す。
下面に付着しているのは塗布が義務付けられているグリス。
直下に、3つのボールが現れる。


パーキングブレーキ作動時に、リヤブレーキキャリパーのピストンを押し出すボール。
その下に、ボールを納める二種類の深さをもつ連続したくぼみが見える。


ボールの下に位置し、ピストンのアジャスターに作用するスラストスクリュー。
その回り止めを担うピンを、マグネットで取り出す。


ピン( =アンチローテートピン)は、あくまでも回り止めとしてのみ機能し、スラストスクリューの作動を妨げることのないよう表面性状を整える。


スラストスクリューを取外す(写真ではOリング#386062 は既に取外されている)
ピストンを納めるボアと、パーキングブレーキシステムを納めるボアが貫通する。


おさらい。

パーキングブレーキペダルの操作によってワイヤーがアクチュエーティングレバーを引くと、3つのボールを挟んでスラストスクリューと対向しているオペレーティングシャフトの位相が変わる。

スラストスクリューとオペレーティングシャフトには3つのボールを納める二種類の連続するくぼみがあり、パーキングブレーキ作動時には浅いくぼみに、解除時には深いくぼみに納まる仕組みになっている。

つまり、パーキングブレーキ作動時にキャリパーピストンが移動する量は、二種類のくぼみの深さの差に依存する

そしてこのキャリパーはフローティング式なので、二種類のくぼみの深さの差から最高の制動力を引出すには、スライドするキャリパー本体のブレーキサポートへの取付けと、ピストンによって動く内側のパッドとキャリパーハウジングに固定されて動かない外側のパッドを、限りなくゼロに近い遊び量で組付ける必要がある、ということになるのです。


構造と機能を理解したら、修理再生に取り掛かりましょう

まずはキャリパーハウジング本体に堆積したデブリを排除し、動作の妨げになる可能性がある表面性状の荒れを整えます。





左右反対側のキャリパーから、パーキングブレーキシステムの構成部品を取外す様子。
もう解説は要らない? ですよね。






各構成部品の現状と走行距離から察するに、パーキングブレーキシステムは生産から一度も分解整備されたことがないようです。長年の放置と間違った調整によって堆積した汚れを落としてやれば、所定の性能を回復することは確実。


前述の理由によって、フローティングキャリパーのブレーキサポートへの取付けは高い精度で行ないます。主ブレーキの作動によってスライドするキャリパーとサポート、およびキャリパーと内側ブレーキディスクパッドの摺動面は、ケミカルを併用して平滑に仕上げます。

この作業は、主ブレーキ操作時のペダルフィールを向上させる効果もあります

今回のブレーキ整備はフロントハブベアリングと全ブレーキホースの交換を含むフルオーバーホールなので、こうした細かい作業の成果を実感するには良い機会。

有効な策は惜しみなく施して、最高の性能を発揮させましょう。







ピストン側とパーキングブレーキシステム側、双方のボア内面の仕上がり。






いかがでしたか?

分解当初は再生を躊躇するほど錆と汚れにまみれていましたが、今やファクトリーリビルド以上の性能を発揮しそうな雰囲気が出てきましたね。

次回は、キャリパーの組立てとブレーキサポート側(車体側)の整備をご紹介いたします。

ひきつづき、お楽しみに!