埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

クジラクラウンのパワーウインドウ修理

トヨタ クラウン(MS70型、1971年式)です。
パワーウインドウの修理で入庫しました。


左右とも動作が極めて遅く、運転席側はほとんど動きません。
スイッチを抑えたままガラスを力いっぱい引き上げて、ようやく上がる状態です。

助手席側は、下げるのに15秒、上げるのに30秒を要します。
これでは不便すぎてエレガントに乗るどころではありません。

早速、ドア内部で何が起きているのか調べましょう。

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現車は、新車時からトヨタディーラーで車検を継続している正統な旧車です。

内外装、電装のすべてが無改造。
こういうクルマの故障診断は、経年による影響に集中して進めることが早道です。


ドアの内張りを取外します。

タッピングスクリューは部品と並行に締められているとは限らないので注意が要ります。なぜなら、多少ずれても曲がっても、締めることだけなら出来てしまいますから。しかし、そのような作業では所定の性能を発揮できないばかりか、二度と手に入らない貴重な部品を損傷させかねません。

畢竟、通常の脱着より正確に元の状態に戻すことを意識して、慎重に取外すことが肝要です。


青色のビニールシートは、新車組立時に取付けられたドアシール。
過去に何度か整備された形跡はあるものの、ほぼ完璧な状態を保っています。


左右ドアガラスを取外して稼動部を確認。


ドア内の臙脂色はオリジナルの下地塗装。インシュレータも健全です。


45年間に亘って堆積した土埃がグリスを粘土状に変えています。
動きが重くなったことで各稼動部に無理な力がかかり、変形によってさらに動作しにくくなっていった様子がうかがえます。


取外したガラスレール(= エレベータ)。
かつてグリスだった粘土がレールに詰まっているせいで、スムーズに動きません。


硬くこびりついており、ワイヤーブラシなどでは効率良く除去できない状態です。


ウインドレギュレータとパワーウインドウモーターAss'y。

一般的な消耗部品であるパワーウインドウモーターも既に製廃。もはやトヨタ共販からは入手できなくなりました。

今回の整備では、稼動箇所のオーバーホールで動きを軽くすることで機能回復を図ります。


正統な旧車には、汚れ具合から読み取れる情報もあります。

どの位置でどんな負荷がかかっていたかや、当たっていたり遊んでいた場所の分布などを読みとることが可能です。

これらの情報は、自動車メーカーのシミュレーションより遥かに貴重で実践的な記録なので、丁重に取り扱うのが礼儀だとFTECは考えています。







風化したグリスを金属面から取り除くのは、主にスクレパーによる作業です。
場所によっては非常に硬くなっているので部品を損なわないように。


樹脂製のスライダーからも、風化したグリスを取り除く。
傷をつけないように!


全金属のレール部は洗浄油で清潔に。


樹脂ローラーが加締められている部品は、地味な手作業で清掃します。


古い粘土が取り除かれると、過度な力がどこに加わり、どう変形させたかも明らかになります。


パワーウインドウモーターは欠品で交換できませんでしたが、少しでも動作の助けになればと思い、ギヤケース内のグリスを交換しました。





樹脂ローラーは正確な材質が不明であるため、ケミカルを使わずに拭き上げます。


摩耗は最小限で修正の必要は無し。
左右8か所とも、すべて健全で損傷もありません。


レールの変形を鈑金修正。
断面の開口部が拡がっているレールが複数ありました。


点検と清掃を完了した、左パワーウインドウ稼動部の全景。
これから、最小限のグリスアップを施し、正確に元の状態に組み上げます。

ハードトップはドアガラスの枠が無いので、雨漏れや風切音の問題が出ないように組み上げるためには入念な調整が欠かせません。


摺動部のフリクション低下でどの程度機能が回復したか、ご確認いただける動画を掲載します。
全般として、最小限のグリス量で組上げることを心掛けました。


貴重なドアシールには、無駄なネジ穴をあけたりしないように。
このビニール製の部品も、新品時の柔軟性は最早なく、容易に割れてしまいます。


ブチルの欠けた部分等は50㎜幅の透明なビニールテープで補修して、ドアシールとしての機能を高めるよう配慮してあります。


こうして、ひとつの部品も交換することなく、実用に耐えるパワーウインドウに回復させることができました。これなら、料金所のゲートで後続車を待たせることも無いでしょう。

過去45年の推移から察するに、この先10年くらいは持ち応えてくれるだろうと予想しています。もし、もっと先まで機能を確保するなら、トヨタ共販が部品を再販しない限り、改造を余儀なくされるだろうというのが実情ですね。

アメリカでもヨーロッパでも、1971年式といえばクラシックカーと呼ぶには早すぎるはず。まして世界最大の乗用車メーカーとして存続しつづけているトヨタのことですから、日本の伝統と技術の語り部を後世に遺すためにも、骨を折っていただきたいというのがFTECの本音です。




部品が無いから直せませんとは意地でも言わないのがFTECですが、文化遺産としての価値に着目するなら純正部品至上主義で整備するのが道理と心得ています。



このクルマを世に送り出した当時の人々は、もうトヨタ自動車にはいないでしょう。

今も確かに存在しているこのクルマが想起させるのは、砂糖漬けのノスタルジーだけでは無いはずです。ものを大切にする精神が次世代に受け継がれて、巨大な自動車メーカーに揺さぶりをかける日はくるのでしょうか?

健全なクルマを一台でも多く遺して、動機づけられる人が増えることを切に望みます。




おまけの動画は、MS70型 クラウンのTVコマーシャル。

トヨペットクラウンからトヨタクラウンへ。

精一杯背伸びして拵えた当時の世相が、色鮮やかに写し出されています。