埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

デュランゴのCANバスリンク点検

ダッジ デュランゴの第一世代(1998~2003年)モデルです。

競合他車より排気量が多く、牽引許容重量が多いのが特徴です。
高速クルージングはエンジン回転数が低く設定されており、快適です。

エンジン制御システムの点検のために入庫しました。

走行直後にエンジンがかからず、一晩放置すると何ともない
暑い日の渋滞時には、アイドリング中にストールすることもある。

条件を整えてテスト走行を繰り返し、症状の再現に至りました。
インストルメントパネルの走行距離を表示する箇所に、

「no bus」

と表示され、再始動できません。

オドメーターに"no bus"の表示
.
DTCスキャナーを接続してすべてのコントロールモジュールを点検します。
この頃のダッジ&クライスラーは、モジュールを役割ごとに分散しています。
VCM(ビーグルコントロールモジュール)として統合を図ったGMとは対照的。

・ エンジン作動時にトラブルコードは検出されない
・ 「no bus」表示中は、データリンクが成立しない

これらの状況をヒントに、次の工程にすすみます。

CANバスコミュニケーションリンク不成立で始動しないとはどういうことか。

車輌各部に分散配置されているモジュール同士が、お互いのアイデンティティを確認できなくなることにより、盗難などの不正リスクを回避するための設計上の安全装置が働いてしまう、ということです。

ここで、全モジュールの全入出力を測定点検することは、時間の無駄です。

正常時に異常値は出ませんし、「no bus」表示時に始動に必要な数値が出ないことは明らかです。CANバスコミュニケーションリンクに使用するワイヤーハーネスに限定して点検しても、断絶などの物理的な異常でなければ捉えられないうえ、「no bus」を点灯させるための正常な信号が出ている場合、モジュールにそれを決断させた原因を特定することができないからです。

テストを繰り返すうちに、日なたにアイドリング状態で放置していても症状が現れることがわかりました。14時に症状が出ると、19時頃まで症状が継続します。

そこで、エンジンルーム内のモジュール周辺の環境温度を測定することに。


温度プローブをモジュールに固定し、ライブデータと共に観察します。
デュランゴのボンネットフード裏には厚手の断熱材があるため、始動前のエンジンルームは外気温より3℃ほど低い状態に保たれています。


フードを閉めてエンジン始動。モニターの一番上が、吸気温度の表示です。
3分経過。

・ エンジンルーム内モジュール付近= 36℃
・ インマニ内の吸気温度= 39℃
・ エンジン冷却水温= 68℃




10分経過。

・ エンジンルーム内モジュール付近= 44℃
・ インマニ内の吸気温度= 59℃
・ エンジン冷却水温= 94℃


20分経過。

・ エンジンルーム内モジュール付近= 70℃
・ インマニ内の吸気温度= 91℃
・ エンジン冷却水温= 104℃


測定に用いた環境温度計(AD-5647)の表示は、70℃が上限です。
熱電対式の接触温度計でモジュールの表面温度を測ると、100℃超を表示。
直後に症状が現れます。この温度条件は、設計の想定範囲内なのでしょうか?



温度をモニターした状態で、走行テストを行います。

平均速度47km/hで5分ほど走行(信号待ちのための停車あり)。
すると各部の温度は、

・ エンジンルーム内モジュール付近= 62℃
・ インマニ内の吸気温度= 77℃
・ エンジン冷却水温= 94℃

にまで低下しました。
もっと高い速度で巡航中は、さらに下がると予想できます。

この日、日中の最高気温は35℃。

吸気温度91℃は、燃料の霧化促進に必要な温度を超えています。
想定されてはいても、適温とは見做されていないと考えるのが妥当です。

走ってさえいれば、エンジンルーム内の換気はできるのです。
しかし完全に停車している場合は、冷却ファンが外気を導入するとはいえ、空気の出口はクルマの底付近ですから、一番熱い空気はエンジンルーム上方に溜まったままになってしまいます。

で、このモジュールの装着箇所はというと・・・


思いっきり上の方だし。断熱材ないし。
すぐ下に右バンクのエキマニあるし。

やっぱり、常に渋滞している日本の交通事情は想定外のような気がします。


また、このモジュールは中の基盤がゼリーで密封されています。
ケースは冷却フィン付のアルミダイキャスト。黒い上蓋は鉄板製です。

温度勾配が非常に緩やかで、一度温まると何時間も冷えません。

今回は、工業用ドライヤーでテスト中に記録された温度まで温めることによって症状が再現できることを確認し、PCM(パワートレインコントロールモジュール)を交換しました。

モジュール交換には、専用工具によるデータの書き込みが必須となります。
ダッジ&クライスラー系のモジュールは設定項目が多く、注意が必要です。