1979年(昭和54年)式 リンカーン マーク5 のシャシー整備。
第5回の主な内容は、リヤブレーキキャリパーの取付けと調整です。
主ブレーキとパーキングブレーキに設計通りの性能を発揮させるための、仕上げの工程。
これに加え、前後ショックアブソーバーと左右タイロッドアッセンブリーの交換を紹介します。
記事4本にわたって解説してきた一連のシャシーリフレッシュメニュー。
今回紹介する作業をもって、完了といたします。
リヤブレーキキャリパーを取付けるにあたり、留意すべきことを整理します。
まず、リンカーンマークⅤのリヤディスクブレーキは、今日標準化されているドラム in ディスク式の独立したパーキングブレーキシステムを備えてはおらず、パーキングブレーキは主ブレーキと同様にキャリパーピストンに直接作用する仕組みであることを念頭に置きます。
次に、パーキングブレーキによるキャリパーピストンの最大移動量が、3つのボールを挟んで向き合う二種類の連続するくぼみの深さの差であること、そして移動開始点を自動調整する仕組みは無いということを完全に理解します。
もし、これらを誤解したまま、パーキングブレーキペダルとブレーキキャリパーを連結するワイヤーの調整螺に手を付けてしまうと、
正しく組立てられたブレーキキャリパーを正しく作動させられないシャシー
が出来上がってしまいます。
リンカーン Mk.V のシャシー整備、その1から4までの記事をご理解いただいた方々には、改めて云うまでもないこととは存じますが。
ワイヤーの調整箇所全図。 |
左右パーキングブレーキのバランス調整要領。 |
リヤブレーキキャリパーの部品構成図。 |
それでは組立を始めましょう。
現車は積算走行距離が極めて少なく、リヤブレーキディスクパッドは残量充分でした。
左右内外で4枚のパッドの厚さをそれぞれ4点で計測して、偏摩耗の状態を確認。
ガラス状になった表層を修正して装着に備えます。
左 : 修正前 右 : 修正後 |
ブレーキディスクローターとディスクパッド表面の間隔は、1/16インチ(≒1.58ミリ)以下にすることが義務付けられています。この間隔は、最大限に拡げられた状態からキャリパーピストンをスクリューバックさせることによって調整し、結果をシクネスゲージで計測して求めます。
ディスクローターは厚さの計測がしやすいように外周の余計な淵を削除しました。
サービスマニュアルの規定値はディスクパッドもローターも新品であることが前提条件。
だとすると、使用過程のローターならば規定値より狭いクリアランスで組む必要があります。
もうひとつ考慮しなければならない条件として、使用過程におけるハブベアリング(ハーフシャフトアウターベアリング)の摩耗があります。サービスマニュアルの規定値は当然これも新品であることが前提なので、使用過程のベアリングならば規定値より広いクリアランスで組む必要があります。
ローターとパッドの摩耗とベアリングの摩耗。双方の程度と調整箇所への影響を考慮した結果、サービスマニュアルの規定値より狭いクリアランスで組むことに決定。
調整は、全てのバックラッシュを詰めた状態で外側ブレーキパッドとディスクローターのクリアランスを計測し、ローターとパッドを一旦取り外してからキャリパー単体でサポートに組付け、専用工具でピストンをスクリューバックさせた後に取り外し、ローターとパッドを組付けて結果を再計測する。
・・・という手順を繰り返し行うことが、サービスマニュアルによって義務付けられています。
キャリパーピストンのアジャスターにねじ込まれるスラストスクリュー。
ねじのピッチは、1インチあたり10山です。
気の済むまで調整作業を繰り返し納得のいく数値を得たら、全ブレーキホースを純正新品に交換。主ブレーキシステムをブレーキフルードで満たし、完全なエア抜き作業を行います。
主ブレーキとパーキングブレーキの組立順序に明確な決まりはありませんが、FTECは、
パーキングブレーキワイヤーとアクチュエーティングレバーの接続はエア抜きの後にすべき
と考えます。
理由は、レバーを動かさずにワイヤーを接続する作業の段取りを省けるから。レバーの動きは即ち3つのボールの動きであり、意図しないピストンの突出を避けるにはバックラッシュの関連要素が少ないほど有利になるからです。
完璧な調整でブレーキキャリパーが取付けられれば、パーキングブレーキ解除状態でワイヤーからレバーには一切テンションがかからず、左右のバランスを調整する必要もありません。
オーナーからのご要望をうけ、今回の作業箇所以外にもシャシーブラックを施工しました。
同じ角度から撮影した入庫時の写真と比較して、どうですか?
更なる愛着を以て、より優雅に運転していただければ、FTECにとって無上の喜びです。
前後ブレーキ整備の完了を走行テストで確認後、最終仕上げにかかります。
まず、ステアリング系統の精度を見直し、左右タイロッドを交換します。
ボールジョイントの遊び量は末端から順に増えるので、今回は左右内外のロッドエンドとアジャストスリーブをセットで交換。
調整螺にワコーズのスレッドコンパウンド(THC)を塗布して組立てます。
組付け時の長さは、仮合わせで構いません。今回はアームやリンクに作業が及んでいないので、最終的な調整はサイドスリップテスターで行います。
ボールジョイントは信頼のブランド、MOOG社製。
タイロッドエンド付属のニップルを取付けてグリスアップ。テスト走行と調整に備えます。
サイドスリップ量は、公差の範囲内で数種類を試しました。
操舵感、保舵力、直進性の面で評価し、IN 1.5ミリに調整。
次に、前後のショックアブソーバーも交換します。
現車に装着されていたショックは、新車の生産ラインで組まれたものと推測できます。
走行距離は少ないものの経年劣化からは逃れられなかったようで、取外してストロークさせると異音を発して元の位置までシャフトが戻らない状態でした。
ブッシュにはシリコングリスを塗布して、初期なじみの促進をはかります。
車体側に正しくフィットした、フロントショックアブソーバーのアッパーブッシュ。
左右反対側。シャフトの軸芯が車体と合っていない。この状態だと問題あり。
ロア側と折り合いを付けながら、中心を合わせて取付けます。
続いて、リヤショックアブソーバーを交換します。
再使用するロアマウント側のリテーニングボルト。ねじ山清掃のついでに表面の浮錆を落として防錆塗装を施しました。
リヤショックアブソーバーの締付けは、リフトサポーターを併用してギヤキャリア(ホーシング)の位置を合わせて行います。
最後に、エンジンオイルとオイルエレメントを交換し、シャシーリフレッシュメニューは完了です。
ハブとブレーキ、ショックとタイロッドを入念に整備し、組み上がったマークⅤ。
前後の主ブレーキは能力を遺憾なく発揮して、運転者の意のままに減速できます。
また、パーキングブレーキのペダルには踏み応えが戻り、急坂に停めたりフェリーで荒海を渡っても、微動だにしない制動力を実感できます。
作法にのっとりキーをひねれば、いつでも一発で始動する6,600ccのV8エンジン。
俗世の喧騒を離れ、矢のように直進する進路保持性を備えたシャシー。運転者の微細な操作に即応する、ブレーキとステアリング。
最後のフルサイズパーソナルカーとして永遠の記憶に刻まれる全長5,850mmの2ドアセダンが、正当な評価に相応しい整備を経て日本の路上に復帰しました。
1979 LINCOLN MARK V |
...with a Light Champagne Landau Roof |
全5回にわたってお届けしたリンカーンのシャシー整備、いかがでしたか?
今回FTECが整備したのは、アメリカ本国でほとんど乗られずに眠っていたクルマ。
その影響で、特殊なコンディションと呼べる要整備箇所がたくさんありましたね。
縁あって太平洋を渡り日本の地を踏んだからには、我々日本人の手によって
「生まれてきてよかった」
と、クルマが満足するまで走らせてあげたいものです。
FTECコーポレーションが提供する整備がその一助となることを、心より祈念いたします。
長い記事に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
(文責 : FTEC 野口孝宏)