車検整備で入庫しました。
法定12か月点検整備で、ブレーキオイル漏れを発見。
今回はその修理を記事にします。
J59は、三菱ジープシリーズ最晩年のモデルで、G52B(4G52)型 サイレントシャフト付 直列4気筒 SOHC 12バルブ ガソリンエンジンを搭載しています。
今回ブレーキオイル漏れを起こした部品は、J59だけに装備されたものではなく、J58、J57、J55、J53、J38、J37等、確認が取れているだけでも、1970年代以降のジープの広範なバリエーションに共通するものです。
現車については、過去に不具合を起こした部分の修理を承った履歴がありますが、車検でFTECに入庫したのは初めてです。着手当初は、一般的な法定12か月点検整備で健全性を保てると見込んでいました。
ブレーキ整備に取りかかった途端に異変を発見。
タンデムマスターシリンダーのリザーブタンクのうち、後輪用タンクのブレーキフルードが明らかに少ない。フルード自体も茶褐色に濁っていて、毎年車検の貨物車にあるまじき状態になっています。
手前右が後輪用リザーブタンク |
クラッチフルードも、毎年車検で交換されていたとは思えないありさま。
クラッチ用リザーブタンク |
工場の床に、見覚えのない汚れが・・・。
トランスミッションのベルハウジングを下から見上げたところ。
上方から伝わって滴下しているのが、ブレーキフルードです。
バルクヘッド中央に配置されている、ブレーキコネクタースイッチ。
オイル漏れの発生源は、この部品です。
MA145338 (54919) コネクターSW |
ブレーキペダルに踏力をかけて保持すると、フルードが漏れ出て滴になります。
平地で自然にクルマが動かない程度の圧力では、ほとんど漏れ出しません。
ブレーキペダルを戻しても、ここからブレーキラインに空気が入り込む程ひどく漏れているわけではないので、リザーブタンクにフルードが残っている限りペダルタッチで異常を感知することはできない状態です。
その意味では完全な失陥より危険。即刻修理する必要があります。
オイル漏れ(圧力漏れ)を起こした、ブレーキコネクタースイッチのロケーション図。
タンデムマスターシリンダーで生成される、前後のブレーキ圧が通ることが解ります。
三菱ジープ(J53,J55)のブレーキ配管図 |
フルードを全量排出して、ブレーキコネクタースイッチを取り外します。
ユニオンの締付けが不適当で、ブレーキパイプのフレアとの接触面には深い傷が。
ブレーキフルードを漏れないようにするだけであれば、単純にパイプで連結するだけでこと足ります。ただし、その場合は法が定める要件を満たす仕組みを、新たに設けなければなりません。
ブレーキコネクタースイッチの構造を、写真を見ながらおさらいしましょう。
過剰な締付けによってこの部分を傷つけてしまうと、正しいトルクで締め直してもブレーキオイル漏れが発生するようになってしまいます。
現品のそれは、本体からのオイル漏れがなくても交換したいくらいのダメージ。
ところが、このブレーキコネクタースイッチもまた、既にメーカー欠品、製廃とされており、再販の予定もない ことが判明。この部品は、ホイールシリンダーのカップのようにインナーパーツを交換しながら使い続けるようには出来ておらず、故障したらアッセンブリーで交換するしかないというのに!
ブレーキコネクタースイッチは、道路運送車両法が義務付ける、ブレーキフルード漏れをドライバーに警告する役割を担う部品です。
ブレーキフルードを漏れないようにするだけであれば、単純にパイプで連結するだけでこと足ります。ただし、その場合は法が定める要件を満たす仕組みを、新たに設けなければなりません。
道路運送車両法 第12条 細目告示別添14 制動液漏れ警報装置の技術基準 |
ブレーキコネクタースイッチの構造を、写真を見ながらおさらいしましょう。
前後のブレーキ圧を受ける左右対称の部屋が、一本の通路でつながっています。その中央にピストンがスプリングで位置決めされていて、左右の油圧に著しい偏りが生じるとスプリングを押し戻して移動する仕組みになっています。
ピストンが左右どちらかに移動すると、中央に固定されているスイッチの電極がピストンを通じて地絡し、インストルメントパネルの警告灯を点灯させる、という訳です。
MA145338 |
内部に仕込まれているOリングは3本。内2本は、ピストンとシリンダーのシールです。
中央のOリングは電極の絶縁とシールを兼ねていますが、ピストンとシリンダーのシールが健全であれば、ここに油圧がかかることはありません。
中央のOリングは電極の絶縁とシールを兼ねていますが、ピストンとシリンダーのシールが健全であれば、ここに油圧がかかることはありません。
使用過程で左右どちらかのピストンシールから圧力が漏れて中央部にブレーキフルードが滲入すると、やがて電極の周りから染みだして交換時期を知らせる、テルテールホール(telltale hole)として機能する設計になっているのです。
MA145338 |
さて、たとえ交換すべき部品も設計製造したメーカーも既に存在しないという状況でも、何とか修理をしなければ路上復帰はできません。そこで、FTECは以下の3通りの対策案を検討しました。
プランA.真鍮ビレットから総削り出しで新規製作
プランB.フレア4箇所は汎用品としてスイッチ部のみ新規製作
プランC.現品を圧力テストに合格するまでひたすら修繕
A、Bについては、現品を計測して要点をメモしてみたものの、工数計算をするとワンオフでは高価になり過ぎ、性能の保証にもコストがかかることが明白なので、最後の手段にすることに。
まずCを試して、結果NGなら予算を組みなおしてもらおうと決め、修繕に着手しました。
測定結果を記した個人的なメモ |
おそらく、製造後一度も分解されたことがないであろう部品たち。
洗浄と研磨で再使用に耐えられることを確認。
ユニオンの締め過ぎで傷んだインバーテッドフレア。
バイメタルのブレードを、文字通り適当な形状に研いで段付きを修理。
ピストンが組みつけられるシリンダー内壁は、線傷があるものの錆付きはありません。
Oリングを組みつける際に邪魔になりそうなエッジも、C面を取り直します。
Oリング現品の直径と線径、ブレーキコネクター本体のシリンダー径、ピストンの溝寸法から近似値を割り出し、適切な素材の新品Oリングを取り寄せます。
油圧が正常であれば動かないとはいえ、ピストンシールに使う以上、Oリングは円筒内を摺動する運動域で性能を保証できるものでなければなりません。
今回は、6種類のOリングを取り寄せて最適なものを選びます。
一度セットしてから再度分解して点検。これはきつすぎて表面が剥離したOリング。
この次のテストでは、線径を細くするか、直径を小さくすることになります。
最適なOリングがセットできたら、ブレーキコネクタースイッチを組み立てます。
ブレーキコネクタースイッチ本体のインバーテッドフレアに、全周にわたる深い傷があったことは前述の通りです。ということは、当然ブレーキパイプ側のフレア部にも影響があるはずです。
滲んだブレーキフルードが空気中の水分を吸着することで、剥き身のパイプには錆が生じます。
軽微な潰れや錆びはヤスリとサンディングパッドで、潰れて開ききってしまっているフレアは切除して修理します。
上記作業を何度か繰り返し、圧力漏れが認められなくなったらクルマに装着。
最終的に、ドライバーが両足でかけられる最大限の踏力をブレーキペダルにかけ、30秒間保持しても漏れず、ペダルを踏みなおしても反力に変化がないことを確認しました。
こうしてブレーキオイル漏れの症状は解消され、自動車メーカーからも部品メーカーからも見放されかけていたジープは、勇躍路上に復帰しました。
その件はまた別の機会があれば、あらためてご紹介いたします。
外観が綺麗に仕上げられていても中身が健全とは限らないので、乗りながら現れる不具合を見つけたら、過去の歩みに想いを馳せつつ、ひとつずつ最善の対策を施していくことが肝要だと、FTECは確信しています。
ブレーキコネクタースイッチの配置はエンジンルームの中央奥 |
この記事を見て、ブレーキコネクタースイッチに再生の道が拓けたと考えるのは早計かもしれません。ブレーキフルードが漏れたまま更に年月が過ぎてしまえば、アルミダイキャストのシリンダー壁が損なわれてOリング交換だけでは済まなくなるでしょうから。
テルテールホールがちゃんと機能した時には部品がない。そういう日本の浅薄な自動車文化を嘆かわしく思う人は、増えているのでしょうか、減っているのでしょうか?
法に定められた要件を満足させるにとどまらず、オーナーの期待に応え設計者の良心に報いるために、自動車整備士の専門領域は拡がり続けていると、FTECは感じています。
世間の風向きがどうあれ、理知的な態度で修理に臨めば解決策は見つかります。
幅広い分野から専門家の知見をあつめ、ひとつひとつの修理に粘り強く取り組み、一台でも多くのクルマを後世に遺せたら、それ以上の喜びはありません。
どうかいつまでも安全に、どこまでも楽しく運行できますように。