イグニッションキーが抜けない、という症状で入庫しました。
ポジションが0と1の中間までしか戻らず、キーを抜くことができません。
キーが抜けないと、オーディオ等の電源をシャットダウンできないのでバッテリーあがりを起こしてしまいます。当然、駐車時のドアロックも困難になります。
どこで何が起きたのか?さっそく修理にかかりましょう。
ボルボV50は、フォード、マツダ、ボルボの技術者がドイツの拠点に集結して開発した「C1プラットフォーム」を使用しています。C1プラットフォームは、フォード フォーカス(2003‐2010)、マツダ アクセラ(2003-2008)、ボルボ S40II、V50(2004-2012)として、それぞれの自動車メーカーから市場に送り出されました。
引用元 : histropedia |
今回故障したイグニッションキー周りは、S40とV50で共通の設計になっています。
故障発生時の状況をオーナーに伺うと、シフトレバー付け根のシャッター破損を機に症状が現れたのとのこと。現車を確認すると、確かにレバー付け根の奥に、黒いプラスチック製の部品の残滓が見て取れます。
シフトゲートに異物が落下しないように塞ぐ部品が破損しています。
新しい部品。中央の穴にシフトレバーを通し、前後両端をシャッターのように引き込むことで、レバーの前後動に追従する形状です。
こちらが上面。画面手前が、クルマの前方になります。
シフトレバーがPレンジに戻っているか否かは、イグニッションキーが抜けるか否かに直接かかわる要因です。まずは目視で破損が明らかな部品を交換し、効果を見ることにします。
センターコンソールを後方から順に分解して、シフトコントロール周りを露出させます。
磁石の所在を検知するピックアップを含む基盤。
シャッターの残滓が露出しました。二次災害を防ぐため、破片をもれなく回収します。
黒い台座の部分が、前後にかまぼこ状になっています。シフトレバーを操作すると、この形状に沿ってシャッターがスライドする仕組みです。
新旧部品の比較。破片の回収率がわかります。
新しいシャッターをセット。
分解の逆順で組み立て。配線の始末も元通りに。
元通りに組みあがったら、バッテリーターミナルとスキャナーを接続して故障コードを確認し、記録後に消去します。
エンジンを始動させ、ブレーキペダルを踏み、P→R→N→Dと順に操作。Mレンジに移行して+側にレバーを倒し、1→2→3と操作し、-側に倒して3→2→1と戻す。
エンジンを停止させてイグニッションキーのポジション2(=ON)を選択。ブレーキペダルを踏まないとシフトレバーの安全装置が解除されないことを確認。ブレーキペダルを踏めば、すべてのシフトセレクトがスムーズに行えることを確認。最後にPレンジに戻します。
しかし。
・・・キーは抜けない。
気を取り直して、故障コードを再点検。
ギヤセレクターモジュール(GSM)の信号不良を検出しました。
この写真は、ギヤセレクターモジュールの基盤の一部です。
チップが沢山載っているのに、配線が6本しかありません。
6本のうち2本は、ブレーキペダルのON/OFFに応じてシフトレバーの操作を制限するソレノイドに接続されています。残り4本のうち、1本は電源、1本はアースですから、ここで扱う情報の量に照らせば何らかの通信プロトコルを用いていることは確実です。
ボルボのサービスマニュアルから、配線図を確認。
S40IIとV50には、これだけのコントロールモジュールが配置されています。
現在の症状に関連するモジュールは、
・ギヤセレクターモジュール(GSM)
・スタートコントロールモジュール(SCU)
で、ふたつのモジュールは、
・トランスミッションコントロールモジュール(TCM)
・セントラルエレクトロニックモジュール(CEM)
・セントラルエレクトロニックモジュール(CEM)
ちなみに「SCM」の略号は、盗難防止装置の「サイレンコントロールモジュール」で使われているので、「SCU」と混同しないように注意しましょう。
キーの抜き取りを許可するか否かに関しては、LIN通信が使われていることが解ります。
運転手がセレクトしたギヤポジションを、クルマ側はPレンジも含めて完全に把握しているのだから、その情報を基にキーが抜けてもよさそうですが、現実にそうはなっていません。
LIN通信の成否判定は、スキャナーと自己診断装置が頼りです。故障コードはギヤセレクターモジュールの信号不良を表していますが、それがどこで生じているかまでは判りません。単純なON/OFF信号であればサーキットテスターで良否判定できますが、この状況では
1.磁気のピックアップ
2.ギヤセレクターモジュールの出力
3.トランスミッションコントロールモジュールの入出力
4.セントラルエレクトロニックモジュールの入出力
4.セントラルエレクトロニックモジュールの入出力
5.スタートコントロールモジュールへの入力
6.スタートコントロールモジュールの動作
どの段階で信号不良となっているのか、確証は得られないことになります。
ギヤセレクターモジュールを交換して再び内装を組み上げ、スキャナーを再接続して故障コードをクリア。前回同様の手順でシフトレバーを操作してからエンジンを止め、イグニッションキーをポジション0に戻・・・らない。
キーは抜けません。まだ続きが要るようです。
ここまでの修理で、
1.磁気のピックアップ
2.ギヤセレクターモジュールの出力
は、健全な状態に回復しました。
3.トランスミッションコントロールモジュールの入出力
4.セントラルエレクトロニックモジュールの入出力
を疑うならば、トランスミッションコントロールモジュール本体は元より、LIN通信に使用している配線も疑わねばなりません。セントラルエレクトロニックモジュールはクルマ全体に影響する範囲が広く、キーの抜き取りを許可する系統だけがピンポイントで故障する可能性は低いと考えられます。
そこで、
5.スタートコントロールモジュールへの入力
6.スタートコントロールモジュールの動作
このふたつの要素を回復させるべく、スタートコントロールモジュールを交換することに決めました。
スタートコントロールモジュールは、キーシリンダーと一体の部品です。
イモビライザーが要求するキーのID確認も、このモジュールで行います。
ボルボのサービスマニュアルには、当然スタートコントロールモジュールの交換手順も記載されています。問題は、
「キーが挿さったまま外せるのか?」
ということ。
しかしこれは、出来ないでは済まされないので、最悪の場合ダッシュボードを降ろしてでもやり遂げる、と覚悟を決めて着手します。
少々小技が要りましたが、最小限の分解で「キーが挿入されたままのスタートコントロールモジュール」の、取り外しに成功しました。
スタートコントロールモジュールの品番は、S40IIと完全に一致します。
T6のトルクススクリュー3本を緩めると、内部のメカニズムを知ることができます。
イグニッションキー側から見て最後方のケースを開けたところ。
ケース中央に、同心円状のリブを持つアイボリーの部品が見えます。このリブが途切れた位置こそ、キーポジション0。つまり、写真のようにケースが分離された状態であれば、キーポジションにかかわらずイグニッションキーを抜き差しできます。
ケース中央下寄りには、金属製で円筒形の部品が見えます。これが、キーポジションが0まで戻ることを阻止する、ソレノイドのプランジャーです。
イグニッションキーが挿入されたスタートコントロールモジュールの内部。
中央に黒い長方形のキー先端が見え、その上下にあるアイボリーの部品が、押しばねによってキー側に押し付けられていることが判ります。
最後方のケースにあるアイボリーの部品のリブが、この押しばねを戻せる位置をキーポジション0だけに制限する、という仕組みですね。
新しいスタートコントロールモジュールは、最後方のケース全体がアイボリーに替わっていました。キーポジション3(スタート位置)からポジション2(ON位置)に自動復帰させるスプリングの反力も、古い部品より軽くなっているようです。
ダッシュボードに固定するための金属製のタブは、移植して再使用します。スタートコントロールモジュールにはこのタブを移植できるサービスホールが3つあり、同じ部品を使用する他車への適応力を高めています。
キーが外れてさえいれば、新品のスタートコントロールモジュールをダッシュボードに組み付けるのは造作もないこと。再再度、内装を組み上げて故障コードをクリアし、エンジンを始動してシフトレバーを操作。
エンジン停止後、イグニッションキーをポジション0に、戻すことができました。設計通りポジション0の時に限って、キーシリンダーからイグニッションキーを抜き取れます。
これにて、一件落着!
フォード、マツダ、ボルボの3社協働で開発されたC1プラットフォームは、同時期に発売された多様な車種に利用されて、多大な成果を上げました。ブランドの垣根を越えたグローバルアーキテクチャーの利用は、大手自動車メーカーならどこでもやっています。
時代が変わっても、ユーザーの探求心が衰えなければ良いクルマは誕生する。
個人の嗜好は今も昔も自由なので、良いと感じたら躊躇わずに選びたいですね。