BMW 640i(F13型、2011-19)です。
現車は、オイル漏れの修理で初入庫しました。
エンジンは、ガソリン直噴3リッター直列6気筒ツインスクロールターボ付きの、N55B30A型。
漏れたオイルが排気系統の熱で焼かれ、油煙が上がる症状があります。
.
F13型は、N55B30A型エンジンをクランク軸を中心に右に傾斜して搭載しています。
その N55B30A型エンジンは、左側から吸気して右側に排気する構造になっています。
つまり、生来の特性としてエンジンの右側にオイル漏れを起こしやすく、その右側にはターボチャージャーとキャタライザーを含む排気システムがある、ということです。
エンジンの正面に立って俯瞰。なんだか妙なところが、オイルで汚れていますね。
よく見ると、フロントカバーがオイルまみれです。インテークエアダクトに飛散したオイルは、エンジン補器のドライブベルトが跳ね上げたもののようです。
エンジンの吸気側にあたる左側面も、漏れたオイルに覆われています。
漏れたオイルは、アンダーカバー中央から地面に滴下しています。
この年式のBMWは、エンジンからトランスミッション後端まで、アンダーカバーによって平滑にされています。これは空力に配慮した結果ですが、オイル漏れの早期発見には不利な構造といえます。漏れたオイルが駐車場を汚したときには、既に相当な量のオイルが漏れだしていると覚悟しなければなりません。
アンダーカバーを取外し、下側から観察。エキゾーストパイプに漏れたオイルが付着しているのは、予想通り。しかし、それより遥か前方のエンジンサポートも、オイルまみれになっています。
ターボチャージャーからインタークーラーまでの配管、およびインタークーラーからインテークマニフォールドまでの配管も、オイルで覆われています。汚れの具合から、この部分のオイル漏れは昨日今日に始まった症状ではないと想像できます。
リブベルトで駆動される、従来型のコンプレッサー。この上方には、オルタネーターが配置されています。どちらも、漏れたオイルでびしょびしょです。
エンジンの右側に漏れ出したオイルが、ブロックの側面を伝ってオイルパンの嵌合面に達しています。トランスミッションのベルハウジングに向けて低くなるスカート状の嵌合面が雨樋のように作用して、オイルパン側に溢れ出ているのが判ります。これが、アンダーカバー中央付近から地面に滴下したオイルの経路とみて間違いありません。
F13型のBMW 6シリーズは、ファイアウォールより前方の構造がほとんどアルミニウムでできています。複雑なリブ構造をもつアルミダイキャスト製の構造体がオイル溜まりを作りやすいので、目視でオイル漏れの経路を把握して発生源を見極めるためには、細心の注意が必要です。車輛を水平に保ち、清掃の仕方を工夫して、必要ならエンジンを始動して油圧をかけて観察しましょう。
リブ状の構造体と同様に、袋状になっている部分にも注意が必要です。オイル溜まりを見落とすと、オイル漏れの発生源を見誤ったり、修理そのものの品質を疑ったりする破目になりかねません。オイル漏れを起こしたユニットの清掃は、単に綺麗にするだけに留まらず、「どこから」「いつから」と問いかけながら実施することが肝要です。
この時代のBMWのアンダーカバーは、グラスウールを積層した不織布のような素材で出来ています。現車のアンダーカバーは大量のエンジンオイルを全面に含んでしまっているので、再使用は不可能と判断します。
アンダーカバーのスクリューは、装着に備えて洗浄します。欠損はありません。
オイル漏れの発生源を見極め、修理する部分を決めたら、エンジンオイルを排出します。これ以降、修理完了まで油圧をかけられないことを胸に刻んで進みましょう。
今回修理する部分は、
1. カムカバー
2. オイルフィルターケース
3. オイルクーラー
4. オイルレベルセンサー
5. ベルトトレーン
です。
F13型に搭載されたN55型エンジンのカムカバーは、カウルトップパネルを外さなくても脱着できます。しかし、今回は外してから脱着しました。その理由は、カムカバーパッキンの嵌合面を、目と指先で確認しながら組み付けるためです。
ウインドシールドの下端に、溜まりに溜まった土埃が見えます。ここを綺麗にできるだけでも、カウルトップパネルを取外した甲斐があるとFTECは思います。
作業域に余裕があると、再使用する部品に無理な力を加えずに済みます。
前述の通り、N55型エンジンは右に傾斜して搭載されているので、カムカバー嵌合面の右側には延々とオイルが垂れてきます。FTECでは、パッキンとの嵌合面を清掃後、ドライにしてから新しい部品を組み付けます。そうすることで、新しいパッキンとの嵌合面から、オイル漏れを再発させかねない要因を、排除することができるからです。
ここは、カムカバー嵌合面の後端です。カウルトップパネルを外さないと、ここを目視することができません。この嵌合面は、全周に亘り古いパッキンの残滓を取り除いて平滑に仕上げますが、ウエスの繊維や髪の毛が一本挟まっただけでも、オイル漏れを誘発します。見て、触れて、表面性状に確信をもって組み付けたい。それは、整備士の自然な欲求だとFTECは思います。
カウルトップパネルを取り外すと、カムカバーのボルトを均等に締めやすくもなります。同じ工具で全ボルトのトルク管理をしたほうが整備の品質が良くなることは明らかです。取り外したついでに、取り外さなければできない清掃をすれば、オーナーにも喜んでいただけるのではないでしょうか。
フロントカバーは、ベルトトレーンを取外した状態でもう一度洗浄します。同時に、オルタネーターやコンプレッサー、クランクシャフトのプーリーも清掃します。新品のベルトには、ケミカルもオイルも付着させてはなりません。
整備品質を損なう事故は、分解するときよりも組立てるときのほうが起こりやすい。これは、実務経験のある整備士なら誰でも心当たりがある事実です。触れるところは触れる前よりも、綺麗にしてから組み付ける。これを徹底することは、オーナーの満足度を上げるだけでなく、事故を未然に防ぐ効果もあるのだと、肝に銘じておきましょう。
エンジンオイルを入れて始動させ、1時間ほど油圧をかけてから、オイル漏れの有無を確認します。キャタライザーやO2センサーの周辺がオイル漏れによって汚濁されていた場合には、温度の上昇によって液体に戻った古いオイルが垂れてきたり、油煙が上がったりすることがあります。作動テストでは、
□ 古いオイルの清掃
□ 各作業箇所の品質
□ 他の液漏れの有無
を、繰り返し確認します。
リフトのアームを掛けるポイントが痛んでいたので、ついでに交換しておきましょう。
作動テストの後、アンダーカバーを新品に組み替えて、作業完了です。
今回のエンジンオイル漏れ修理は、以上です。
経年劣化によるパッキンの硬化や萎縮が、オイル漏れの原因です。すべてのパッキンを同時に交換することはできないので、オイル漏れは見つけるたびに対処する必要があります。
冒頭で指摘した通り、空力への配慮が進んだモデルは下周りが大面積のアンダーカバーで覆われているため、オイル漏れの発見は遅れがちになります。
オーナーには、半年経った頃に再点検させて欲しいと伝え、出庫しました。
F13型 BMW 6シリーズの、エンジンオイル漏れを修理する記事。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
N55B30A型 エンジンに固有の要素ではなく、どのメーカーのどのエンジンにも通用する、作業者の心得に焦点をあてて記事にしました。
好きなクルマを長く乗りたいオーナーの心に、何か残るものがありますように。