埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

ブロンコのシャシ整備・9

フォード ブロンコ エディーバウアー(第5世代、1992-96年)です。
前ブレーキの、フルオーバーホールを行います。

現車はナックルアーム上下のボールジョイントを交換するために、前アクスル(DANA 44 IFS)を広範に亘って分解整備した経緯があります。ハブベアリング交換の付帯作業として分離したブレーキディスクローターは、既に新品に交換されています。

また、外径32インチのタイヤを装着した状態における制動力の不足を、毎年の車検の際に数値で実感していた経緯もあります。その対策も兼ねて実施した後ブレーキのフルオーバーホールは、FTECのブログの別の記事でご覧いただけます。

後ブレーキ(Bendixドラム式)構成図

前ブレーキのフルオーバーホールで交換する部品は、

・ブレーキパッド
・ディスクローター
・キャリパーピストン
・スライダーキット
・ピストンシールキット
・パッドリテーナーセット
・ブレーキホースセット

などです。

34年前のクルマの部品が、すべて新品で揃えられる。
アメリカの自動車文化の、底力を思い知らされる瞬間です。


現車のブレーキキャリパーには、ベークライト素材のピストンが組み込まれています。

ベークライト(フェノール樹脂)素材のピストンは、熱伝導率と重量の両面で、金属素材のピストンより優れています。ブレーキの摩擦熱からブレーキ液を守り、サスペンションのばね下重量を軽減できるメリットがあります。

また、樹脂素材は金属素材と違って錆びないので、融雪剤が散布される地域で歓迎されます。素材の粘弾性による内部減衰効果によって、ブレーキ鳴きを増幅しないというメリットもあります。


樹脂素材ブレーキピストンのデメリットは、機械的強度と形状安定性の両面で、金属素材に劣後する点に集約されます。

機械的強度については、サーキット走行などで圧力や熱量が極限まで高まると、表層にクラックを生じたり、弾性変形を起こすことが解っています。

形状安定性については、長期耐久性の観点において、水分を吸収して膨潤する性質が、致命的欠陥として指摘されます。キャリパーの中でピストンが膨潤すると、ブレーキペダルを放してもピストンが戻らず、ブレーキが過熱し続けることによって重大な故障を惹起します。

FTECが現車のブレーキをオーバーホールするにあたり、選ぶべき素材はどちらでしょうか。



FTECは、自動車整備工場です。いつどこを、どのくらいの時間と距離をかけて、どのような運転操作で運行するのかを、オーナーから直接ヒアリングできる立場にあります。

多数の関連情報を総合的に勘案し、金属製のピストンに変更することに決めました。



マスターシリンダーの力を利用して、古いベークライト素材のピストンを抜取ります。



ダストブーツとオイルシールの取外し。
シールの溝に錆びの欠片が入ったままだと、ブレーキの円滑な機能を損ないます。
溝は全周を念入りに清掃し、残滓が無いことを確認してから次の工程に進みましょう。


スライダーの穴を、ナイロンブラシで清掃。
動作を阻害し得る錆汚れは、逐一取り除きます。



金属素材の新品ピストンを挿入。
FTECでは素手で組めることを、ブレーキオーバーホールの作業標準としています。



パッドの素材は、耐フェード性に配慮したものを選択します。
32インチタイヤの遠心力を想い、初期制動力に配慮したものも検討しました。

熱ダレを起こすピーキーなパッドより、いつも同じ性能を発揮するパッドを選ぶ。
今回は、そのような判断でこのパッドを選びました。



キャリパーサポートは、ナックルを仕上げる一環として磨き上げ、防錆塗装も済ませています。組付けにふさわしい状態に仕上がっていることを再確認して、新品のリテーナーを最少量のグリスで装着します。

ブレーキ周辺はダスティなので、余計なグリスが汚れを吸着すると正常に動作する期間が短くなってしまいます。何のためにどのくらいの量のグリスを塗布するのか、常に考えながら作業することで、健全な状態を持続させられるとFTECは信じています。



ブレーキのキャリパーとパッドが最善の状態になりました。
次は、ブレーキホースの交換です。

車体側のパイプとは、一般的なフレアナットで結合されています。
その固定位置は、ラダーフレームとショックアブソーバーブラケットの隙間にあたり、ミラーを使わないと視認することができない、狭隘な場所です。


このフレアナットを緩めるのは、写真で想像するよりも困難です。

現オーナーは清掃がまめなのでご覧の状態ですが、フェンダーの中に露出しているため、乗り手によっては泥汚れに埋もれた状態になりかねない場所です。しかも、背後にはエキゾーストマニフォールドがあるというおまけ付き。



多量の浸透防錆潤滑剤を塗布してから、専用のフレアナットレンチを掛けます。ホース側の固定は本来は不要なのですが、ナットにトルクが掛かり易いようにレンチを掛けています。



…緩まない。

ホース外側のリテーナーを外してショックアブソーバーブラケットの裏に逃がして再トライ。



緩みました。内側のリテーナーは磨いて点検後に再使用します。
ユニオンもフレアも、表面の錆びを慎重に除去して嵌合部を検査します。




新品のホースにフレアナットを仮止め。着座まで指先で回してからリテーナーを装着し、角度を合わせて本締めする手順です。


事故発生。

形状も表面性状も怪しかった車体側のパイプが、フレアナットを本締めする際に千切れてしまいました。破断面をよく観察すると、千切れた部分は紙のように薄い肉厚しか残っていません。




あと一息で完成だと意気込んでいたのに、そうは問屋が卸しませんでした。
気を取り直して、反対側のブレーキホース交換に着手します。

下の写真で、ブレーキホースの車体側の固定部分を再確認してください。
水や泥や埃を直接被らないように、高年式のクルマならフェンダーライナーが付くでしょうね。



浸透防錆潤滑剤を塗布してから、ワイヤーブラシで表面の錆びを除去。
こちら側も、嫌な予感がします。



キャリパー側の嵌合面も、平滑に整えます。キャリパーは鋳鉄製で、嵌合面にはブレーキホース専用の同心円状に溝が切られた銅ワッシャーを使用します。



フレアナットを緩めて、ブレーキホースを分離できました。とはいえ、車体側のパイプは心配な状態です。こちら側も、腐食によって極薄なのではないかと。



パイプのフレア加工部の状態も、良くありません。

フレア加工部の内側がブレーキホース側のフィッティングに密着すること
フレア加工部の外側がナットの締め付けが規定トルクに達するまで滑ること


このふたつの条件を満足させないと、ブレーキ液が漏れる原因を残すことになります。


駄目ですね。こちら側のパイプも修理しなければなりません。


右側のブレーキパイプから修理しましょう。
クランプを外して作業域を確保します。

パイプ全体が腐っていないと良いのですが・・・




千切れた部分が先端に見えます。
手前の直線部分でブレーキパイプを切断し、ホース接続部までを製作します。



ブレーキパイプは、純正同等のメッキが施された材料で製作します。
ダブルフレア加工に用いる工具は、ブルーポイントTFM5。加工精度を出すには作業者に訓練が要りますが、小型なので狭隘な場所でも修理できる利点があります。




新旧のパイプ先端形状を比較。フレアナットもパイプ加工部も新品なら、このくらいふわりと丸みを帯びた状態に仕上げます。




車体側のブレーキパイプを、直線部分で切断。あらかじめパイプ表面を清掃しておくと、加工の失敗を未然に防ぐことができます。





ブレーキパイプの切断面を観察。ここの肉厚は正常です。
やはり、フェンダー内に露出した部分が、特別に過酷なのでしょう。


車体側のブレーキパイプは、この場所でダブルフレアに加工します。
据え付け型の加工工具だと、大きさと重さによってこの使い方はできません。



切断部から先のブレーキパイプは、古いパイプの形状をテンプレートにして加工します。車体側のパイプとの結合に使うコネクターの寸法を差し引いて、仮合わせをしながら形状を調整。







このようにまとまりました。

新品のフレアナットを締め付ける感触は、格別です。
規定トルクで締め付けるだけで、液漏れを予感させる要素がまったく無い。


この調子で、反対側のブレーキパイプも修理しましょう。
こちらは、作業域を確保するために前プロペラシャフトを分離しました。


こちらのブレーキパイプも、直線部分で切断します。



フェンダー内に突出していた部分は、反対側と同様に腐食が進んでいたことが解ります。






こちら側のパイプは形状が複雑なため、TIG溶接用の溶加棒でテンプレートを作ります。




ブレーキパイプを曲げる工具にも、色々な特性があります。
曲げ過ぎて戻すことがないように心掛けることが肝要です。







フレアナットを通し忘れて加工すると、切ってやり直しになるので注意しましょう。




作業域が狭くても、新品同士を組付けるのは簡単です。

フレア部を指先で着座させ、ナットが着座状態を保てるまで手回しできれば安心です。
パイプとホースの位置決めをし、規定トルクで締め付けるだけで、完全な結合になります。



ブレーキパイプに限らず、部品を製作して補修した場合には、周辺環境への影響について考察することが必要です。この修理で例示するなら、

・振動で他所に干渉しないか
・熱影響が増していないか
・汚損リスクが増していないか
・エア抜きを損なっていないか

等々が、考察に値する要素です。


前左のブレーキパイプを修理するために取り外したプロペラシャフトを、元通り装着します。取り外す前より良好な状態にして戻すことは、自動車整備士の常識です。






スパイダーからグリスが漏れてもパイプの加工部を直撃しない。
エキゾーストパイプからの距離が純正より離れている。

最善の修理ができたと判断し、前ブレーキの整備完了とします。




今回の整備によって、現車のブレーキは前後ともフルオーバーホールが完了しました。

ブレーキパイプの補修は想定外でしたが、破裂寸前のパイプを発見して修繕できたことは良かったと思います。もちろん、パイプの腐食が一切なくなったとは言い切れません。今後は、修繕のために製作したブレーキパイプも含めて、注意深く経過観察を続けます。


フォード ブロンコ のブレーキを整備する記事は、以上です。
ブレーキテスター上で制動力を確認する日が、楽しみになってきました。

マスターシリンダーやプロポーショニングバルブを改造して、バランスや圧力を変更するメニューもありますが、それらは別の機会に譲りましょう。

次回は、車検整備とアクセサリー類のセットアップを記事にします。