日産 フェアレディZ(昭和53年式)です。
走行時の異音修理で入庫しました。
エンジンの負荷に関わらず、速度に同調して打音を発生しています。
平坦な舗装路を定速で走っていても、常にガタゴトと車内に響いている状態。
まずは、シャシ下まわりの点検から始めましょう。
一見して驚くは、全体を覆う赤サビです。
年式が古いとか車庫が海に近いとか、諸々の事情を考慮しても到底説明がつきません。ブレーキもプロペラシャフトも整備された痕跡がまるで無く、10年放置されていたかのような荒れようです。
車検(継続検査)のことも考えて、シャシ下周りは徹底的に洗浄し、防錆塗装を施しました。
フェンダー内やフロア下面など、常時露出している部分を簡単に塗装。
芯まで腐っている鉄板が少な目だったことは嬉しい発見でした。
リヤブレーキドラムを取り外してハブガタを点検すると、左右ともグラグラです。
S30系フェアレディZのリヤハブには許容されるガタがほとんどないので、目視できるほどのガタがあればベアリングの破損は確実です。
S30系のドライブシャフトは、まだ等速ジョイントではなく十字継手(クロススパイダー)式。
せっかくグリスニップルがあるのに、使った形跡がありません。
ドライブシャフトとプロペラシャフトの全グリスニップルを清掃して、新しいグリスを詰めました。異音の修理をする際は、関連が疑われる箇所全体に手を入れることが肝要です。
一番大きな異音が消えると、二番目の異音が気になるのが人間の特性ですからね。
リヤハブのコンパニオンフランジからドライブシャフトアウターを分離。
スライディングハンマーでベアリングごとハブを抜き取ります。
ハブキャリアの裏側でコンパニオンフランジが外れ、中にディスタンスピースが残ります。
・・・グ、グリスがほとんど入っていない!!∑(๑°⌓°๑)
コンパニオンフランジを取外すと、ハブベアリング内側のオイルシールが現れます。
現車はここにも錆がまわっていてシールの撤去にもひと苦労ありました。
むしり取るのはいいのですが、ハブキャリアのボア側に傷をつけると後々面倒です。
オイルシールを撤去したら、インナーベアリングを打ち出します。
アウターレースをポンチで叩けるように、対角線上に切欠きがあります。
抜けました。グリスは焼けて石鹸状になっています。
こちらは、ハブ側に圧入された状態のアウターベアリング。
インナー、アウターともグリスの状態は同じで、触診で明らかなガタつきを確認できます。
ギヤプーラーをアウターベアリングのインナーレースにかけて・・・
真っ直ぐに引き抜きます。
アウターベアリングのインナーレースが嵌合する箇所でプーラーをかけ変えて分離。
再使用するスピンドルに傷をつけないよう注意します。
分解されて洗浄を待つ、左右リヤハブベアリングまわりの部品群。
インナー、アウターベアリング、インナーオイルシール、フランジロックナットを新品に交換します。また、インナーベアリングとアウターベアリングのインナーレースを結合するディスタンスピースは個々に長さが違うので、必ず元の場所に組みつけられるよう管理しなければなりません。
S30、31 リヤ ハブベアリング 組立図 |
ベアリングを抜き取られ、洗浄を済ませたハブスピンドル。
インナーレースの嵌合部に熱を喰った痕跡があります。この部分は通常より摩擦係数が高いので、新品ベアリング圧入の妨げになります。
#280~320 のスコッチブライトで表面性状を整えます。
同様に、コンパニオンフランジのシールリップ摺動面も清掃します。
ハブキャリアのベアリング嵌合面も、さびや汚れを除去して圧入に備えます。
一連の清掃作業は、傷などの不具合発見を容易にします。
新品ベアリングに無理な力を加えずに圧入を完了させ、その後の正当な寿命を保証するためには、すべての嵌合面が綺麗に整っていなければなりません。
ハブスピンドルに新品のアウターベアリングを油圧プレスで圧入。
ベアリングの裏表を間違えるとナット締付時に破損する可能性があるので要注意。
あくまでもインナーレースを保持することが肝要です。
ディスタンスピース(写真 右手前の筒状の部品)は、ハブスピンドルとハブキャリアの原寸に合わせて設えられた部品です。3つの部品は唯一無二の組み合わせであり、どれか一品を組み違えても所定の性能が出ませんし、万一壊したり無くしたりするとワンオフで削り出さねばなりません。
右用、左用で厳格に管理。
「初心、忘るべからず」です。
圧入前のベアリングにはグリスをしっかり詰め込んで馴染ませ、嵌合面の余剰分は拭き取っておきます。ハブキャリア側には規定量のグリスを、気泡が残らないように詰め込みます。
ディスタンスピースの内側にも、同じグリースを詰め込みます。
アウターベアリングを圧入したハブスピンドルにディスタンスピースを組み合わせ、隙間なくグリスで満たされていることを確認したら、余剰のグリスをディスタンスピースの外側にまわして、容易に脱落しないように固定します。
アウターベアリングとディスタンスピースを組んだハブスピンドルをハブキャリアに挿入。
コンパニオンフランジをスピンドルに組んで古いナットで締め付けます。
規定トルクまで締付け、ハブにガタつきがまったくなく、円滑に回ることを確認したら、再びコンパニオンフランジだけを抜き取ります。
最初の分解はスライディングハンマーで行ないましたが、今やハブベアリングはインナー、アウターとも正しい位置に組みつけられ、互いのインナーレースがディスタンスピースを抑え込んでいる状態ですから、これらの関係に影響の無い方法で抜き取らねばなりません。
コンパニオンフランジの再分離は、インナーのオイルシールを組付けるためです。
ベアリング側にグリスを詰めて、シールのリップにも薄塗りします。
ハブキャリア側の嵌合面が綺麗に整っていればオイルシールの圧入は容易。
アンダーサイズのベアリングレースを利用して真っ直ぐに打ち込みます。
ハブスピンドルとコンパニオンフランジの嵌合部であるセレーションには、WAKO'Sのスレッドコンパウンド(THC)を塗布。完全に剛結する箇所で嵌合がタイトであり、しかも熱を喰う可能性がある箇所なので、遠い先に再び分離するときのために塗っておいた方が楽だろうという判断です。
最後に、新品ナットでコンパニオンフランジを締付けます。
インナーベアリングとアウターベアリングのインナーレースがディスタンスピースを抑え込む手応えを確認したら、タガネとハンマーで緩み止めを施して、この部分の整備は完了です。
ハブに詰め込まれたグリースは、ベアリングが発熱すると流動性を増し、潤滑と冷却の役目を担います。こうした事実をイメージできると、アイドリングで放置しても暖機できるのはエンジンだけということも、自ずと解ってくるでしょう。
今回交換したハブベアリングは、公道を恙なく走行する限りでは、10年10万キロくらいは健全な状態を確実に保てます。
クルマ全体を一度に完璧に仕上げるのは難しくても、一系統ずつ最善を尽くす整備はできる。
そういう整備の積み重ねが最終的に旧車の死命を制すると、FTECは考えています。
旧車乗りの使命は、知恵と工夫で難局を打開し文化的・歴史的遺産を後世に渡すこと。
FTECの技術がそのための道具のひとつであったなら、それ以上の喜びはありません。