埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

ポルシェ911のコーナーウエイト測定

ポルシェ911カレラ2(964型)です。
コーナーウエイトの測定とクロスウエイトの調整で入庫しました。


車高調整式のショックアブソーバーをオーバーホールし、ホイールアライメントを調整する前段階として、4輪の荷重分布を把握したいというオーナーの要望にお応えする内容です。


.
コーナーウエイトゲージは、アルミビレットから切削加工した主構造をもつ4枚のロードセル計量器と、計量したデータを集計表示するディスプレイユニットで構成されています。

FTECで現在使用しているコーナーウエイトゲージは、ミネアポリスのインターコンプ社SW500。SI単位表示における分解能は、0.5kgです。



コーナーウエイトとは、4つのタイヤの接地面(コンタクトパッチ)にかかる荷重を、各輪ごとに計ったものです。当然、コーナーウエイトの合計は車両の重量と等しくなります。

コーナーウエイトの測定によって得られる重要なセットアップ要素には、

・ 静的重量分布
・ クロスウエイト比

があります。

静的重量分布は字義の通り、4つのタイヤにかかる静止時の荷重です。
クロスウエイト比は、対角線上のタイヤの合計荷重を車両の重量で除算して求めます

いずれも、著しい偏りがあると「右旋回だけアンダーステアが発生し、症状を消そうとすると左旋回がオーバーステアになる」などの不具合を招きます。


コーナーウエイト測定の前に行う準備としては、

☐ 走行に不要な積載物を降ろし、必要な装備を所定の位置に取付ける
☐ 水、オイル、ガソリン等、すべての液体を走行に適した量に調える
☐ サスペンション左右のスプリングシート位置を均等にする
☐ 完全に水平な作業スペースを確保する
☐ タイヤのエア圧力を均等にする

上記に加え、可能なら

☐ ショックアブソーバーを取外す
☐ スタビライザー(アンチロールバー)を取外す

が挙げられます。

今回はタイヤエア圧力を、全輪210kpaに調整しました。


クルマと作業スペースの準備が整ったら、計測を開始します。

☐ 計測時刻
☐ コーナーウエイト(kg)

を、セットアップ変更ごとに記録して、影響を確認します。

下の図は、空車状態のコーナーウエイトを時系列にならって表したもの。
数値の変化は、すべて車高調整の影響です。


静的重量分布は左右均等(50:50)が理想ですが、そういうクルマはまずありません。

大抵、運転席側に多くの重量が偏っています。これを改善するためには、車高調整に着手する前に、バッテリーや消化器など、移設可能な装備の位置を変えるしかありません。

964型ポルシェ911カレラは、他車種よりパワートレインが左右対称に保たれていたり、ステアリングラックがセンターインプットだったりと、有利な要素がたくさんあります。

それでも、ドライバーがフル装備で乗車すれば運転席側が重くなることは必定です。


前後の重量配分に注目すれば、ポルシェ911の特徴が手に取るように解ります。

下の図は、ドライバー乗車状態のコーナーウエイトを時系列にならって表したもの。
前出の空車状態と同様に、すべての測定結果で後側の荷重が60%を超えています。

ちなみにこの測定は、約40㎏のガソリンを前側の車軸直後に搭載して行っています。


ポルシェ911のパワートレインは後側の車軸のさらに後方ですから、その重量は前側の荷重を減じる方向に働いています。事実、静的重量分布で前側2輪の合計荷重は約500kgありますが、その状態でリヤをジャッキアップさせてリジッドラックにかけると、300kgを切りそうな程にまで減少します。

このあと測定するクロスウエイト比の調整では、この特殊な前後重量配分が、車高調整と荷重変化の相関関係にどのような影響を及ぼすかが明らかになります。


静的重量分布の左右差はサスペンションで調整できないということは、前述した通りです。一方、クロスウエイト比は50:50の理想を求めて調整することが可能です。

前後左右、どこか一箇所の車高を変えても、クロスウエイト比に影響が出ます。

車高を上げるとそこの荷重が増し、その対角線上の荷重も増します。当然、その他の荷重は減ることになります。

車高を下げるとそこの荷重は減り、その対角線上の荷重も減ります。当然、その他の荷重は増えることになります。

下の図は、クロスウエイト比を改善するために右後(RR)の車高を下げることを決定した6回目の測定結果と、実際に車高を下げたあとの7回目の測定結果です。

左の図が空車状態、右の図が乗車状態。スプリングシートの調整幅は3mmです。

▲ 6回目 c/w (単位 %)
51.5:48.5(空)51.49:48.51(乗)

▲ 7回目 c/w (単位 %)
50.18:49.82(空)50.37:49.63(乗)

何故左前の車高を下げようと思わなかったのか?それは、6回目の計測時点で左前のフェンダーアーチとタイヤのクリアランスが右前よりも狭かったからです。

1か所の荷重を下げるには、そこの車高を下げるか、そこを挟む2箇所の車高を上げるのが定石です。ポルシェ911の場合、車高が荷重に与える影響は後側の方が大きく現れることが判っています。前述した通り、対角線上の車高を下げることでも狙った所の荷重を下げられるので、このときの調整はその方法を採用したということになります。

総じて、

最小の調整幅でクロスウエイトを揃える


これが車高調整の要諦です。

・ バネ定数の違うスプリングを試す
・ 巻き数の違うスプリングを試す
・ 自由長の違うスプリングを試す

いずれも、コーナーウエイトが揃ってはじめて比較評価が可能になる要素です。

車高調整がアライメントに与える影響は車種によって様々です。その傾向は、繰り返し作業をするうちに把握できるでしょう。最小の調整幅でクロスウエイトを揃えるということは、コーナーウエイト測定でカバーできる範疇の外への影響を最小にするという意味において、極めて重要な心得であると理解することができるはずです。



FTECは、モータースポーツを知的な情報処理の連続であると捉えています。

プロであれアマであれ、物理の法則を相手にクルマを走らせることに違いはありません。限られた時間と予算でセッティングを決めねばならない厳しさも、まったく同じです。

スポーツ走行日にサーキットで闇雲に車高を変えているようでは、損失は甚大でしょう。
データをもとに、次はどうしようかと考える醍醐味はサーキットの外で満喫すべきです。



心身を健全に保つための生涯スポーツとしてモータースポーツを選ぶ人は、現在の日本では明らかに少数派です。しかし、限られたリソースから最大の成果を得ようと知力を尽くしている人が、モータースポーツの知的な側面に触発される可能性はまだあります。

そう考えれば、今後も面白いことが起こりそうだと期待できるのではないでしょうか!