埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

BNR32のプロペラシャフト整備

日産スカイラインGT-R(BNR32型)です。
車体振動過多の修理で入庫しました。走行距離は、193,000㎞。


5速110~120km/hで巡航時、腰と太腿の辺りに明確な振動が伝わってきます。
ギヤが1~4速、または、5速でも加速中には発生しません。

□ タイヤ&ホイール
□ ハブベアリング
□ 前後ドライブシャフト
□ 前後デファレンシャル
□ エンジン&ミッションマウント

これらの健全性を確認し、プロペラシャフトのセンターベアリングを交換することに決めました。現車のプロペラシャフトは、他の整備の付帯作業としての脱着は経験していますが、シャフトそのものに手を加えた履歴はありません

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日産純正プロペラシャフト(3F80A-VL107)。
写真手前が後デファレンシャル、奥がトランスファーに結合されます。

センターベアリングの存在意義は、共振を抑制すること。
まさしく、車体振動に直接関与しています。

また、センターベアリングには、いわゆる1本もの(一体構造)のプロペラシャフトよりも限界回転数を高める効果があることも覚えておきましょう。


日産自動車は、「BNR32のプロペラシャフトは、消耗したらアッセンブリー交換すること」と定めています。にもかかわらず、新品で入手できるのはセンターベアリングのみ。

プロペラシャフトの構成要素のうち、経年によって摩耗するのは

□ ジャーナルベアリング
□ センターフランジとスプライン
□ CVジョイント(2箇所)

など。もしこれらに不具合が見つかれば、中古良品を探し当てるか、社外品の1本ものを装着して構造変更を申請するしか手立てがありません。


ジャーナルベアリングの動作確認。
軸方向の遊び量は、それぞれ「0.0mm」と規定されています。ここは非分解のうえグリスターも存在しないので、遊びがなくスムースに動けば合格判定となります。


センターフランジ。
周囲6本のボルトで第1軸(前側)と第2軸(後側)を結合しています。
前後を分離する前にペイントで合いマークをつけ、同じ位相で結合します。


センターフランジは第2軸に嵌合しており、軸心のロックナットを外してプーラーで抜き取ります。この際、スプラインがずれないように、ここにもペイントで合いマークをつけましょう。


もし素手で容易に外れるようなら、フランジとスプラインの摩耗を調べるべきです。


センターフランジのスプライン。
浮き錆が生じていますが、悪くない状態です。


ベアリングリプレーサーと油圧プレスを使って、センターベアリングを抜き取ります。


先述の通り、BNR32のプロペラシャフト(3F80A-VL107型)には、構成部品の供給がありません。このリテーナは再使用するので、嵌合面を清掃して健全性を確認します。



プロペラシャフト第2軸の前端部。
写真奥から順に、リテーナ(再使用)、センターベアリング、センターフランジを組み付けます。所定のクリアランスで組み上げられるように、表面の清掃をします。


仕上げ面の清掃は、部品の瑕疵を見落とさないためにも重要です。
幸い、現品の仕上げ面には何の問題も見つかりませんでした。


車体振動と直接的な因果関係はありませんが、プライマリーチェックでオイル漏れを発見しました。トランスファー後部のフランジシール(赤矢印の奥)からATFが滲み出し、プロペラシャフトの回転によって生じる遠心力でフロアトンネルに飛散しています。フロアの下面に、漏れたオイルが付着しているのが判ります(赤丸の部分)。


トランスファー後部のコンパニオンフランジを抜き取るには、プロペラシャフトの脱着が不可欠。つまり、今回同時に手当てすれば付帯作業の節約になります。



トランスファー後部のコンパニオンフランジ脱着にあたり、回り止めを作りました。

強力なインパクトレンチさえあれば、もっと簡単なまわり止めでもセンターナットは外せます。しかし、規定のトルクで締め付けるときには、堅牢なまわり止めが必ず要ります



プーラーでコンパニオンフランジを抜き取ります。
要領は、プロペラシャフトのセンターフランジと同じです。

落下による災害を防ぐため、外したナットを2~3山かませて引きましょう。



抜き取ったコンパニオンフランジを点検。
オイルシールの摺動部に、気になる摩耗があります。

焼き入れされた炭素鋼がゴムを相手に摩耗するとは、まるで現車が歩んだ長い道程を物語っているかのようです。



清掃と洗浄の後、他の部品と同様に仕上げ面の瑕疵を確認。摩耗した部分をクロスハッチになるように均し、このコンパニオンフランジを再使用します。

オイルシールにも寸法公差があるので、この手間を惜しむと「修理前よりオイル漏れが悪化する」などということになりかねません。



ATF漏れを起こしたオイルシールを交換。
アウトプットシャフトの遊び量、ベアリングの流れを確認。




これで、トランスファー後部のコンパニオンフランジからATFが滲みだす問題は解決です。センターベアリングを交換して、第1軸と第2軸を再結合しましょう。


第2軸の仕上げ面周辺に、ベアリングリプレーサーの痕跡が見えます。このまま組み立てるとリテーナーが着座しないので、異音や錆の悪化を招きます。


ここに組むリテーナーは、スペーサーとダストシールを兼ねています。再調達できない部品の耐久性に関わる部分なので、充分な時間をかけて丁寧にヤスリで斫り取りましょう。



センターベアリングの組み付けは、抜き取りと同じように油圧プレスを使いましょう。「センターフランジのロックナットをインパクトレンチで締め付けること」によって押し込んではいけません。

きちんと準備が整ったプロペラシャフトの前端に、入念に検品した部品を油圧プレスを使って組めば、新品同等の耐久性が得られるとFTECは信じています。



ところで、BNR32のプロペラシャフト(3F80A-VL107型)のセンターベアリングは

フロントマークを後ろ向きに

組み付けます。

日産純正のサービスマニュアル(整備要領書)には、確かに「”F”マークを車両前方に向けて取付ける」と書いてあるのですが、その通りに組むと機能しませんので注意しましょう。



組み上がったプロペラシャフトは、まず入庫時と同じ位相で装着します。
実際にプロペラシャフトを回して振動を評価し、最適な位相を探ります。


下の動画は、振動の評価中に撮影したもの。
目視点検はリスクを伴うので、小型のアクションカメラを利用します。


現車のプロペラシャフトは、トランスファーのコンパニオンフランジとの嵌合部で270°遅れの位相にした時に、振動が最小になると判明。

デファレンシャル側のフランジはボルト6本留めなので、この評価に凝れば位相の最適化だけでも軽く1週間は楽しめそう。

高速道路を使った走行テストを行い、今回の整備を完了としました。

もし、日産からプロペラシャフトAss'yの供給が無い状態が長引けば、どのGT-Rもいずれ代替品に交換せざるを得なくなります。その際は、位相の最適化に要する工数をきちんと計算に入れることが求められるでしょう。


おまけの動画は、ケンメリ以来16年ぶりに復活したスカイラインGT-R(BNR32型)が、デビューした当時のもの。誰もが凄いクルマが現れたと思いましたが、30年以上経っても需要があり続けるとは、誰も思っていなかった気がします。

早回し編集ぬきの動画を自動車メーカーが出したことも、画期的でしたね。