埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

O2センサーの交換

BMWの 直列6気筒2.2Lガソリンエンジン、M54B22型です。
積算走行距離は56,000km。

スパークプラグの異常摩耗を発見したので、O2センサー(ラムダセンサー)を交換します。


6番シリンダー失火の履歴を示す故障コードを確認し、全スパークプラグを点検。
その結果、全数とも中心電極が限界まで摩滅していると判明しました。


この状態のスパークプラグでも大過なく運行できていたのは、BMWのエンジンコントロールユニット(=DME)の制御プログラムが冗長性に優れていたからに他なりません。

点火不良が引鉄になってコイルや触媒を損傷させるエンジンもある中、この段階でこの摩耗に気付けたことは幸運です。

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スパークプラグの中心電極は、温度条件が最も過酷な燃焼の核で稼働します。

酸化による消耗は接地電極に近いエッジから進行しますが、このプラグ(NGK BKR6EQUIP)は4本の接地電極が中心電極を囲うように配置されているので失火を起こしづらいため、平均に摩滅しきってしまったのでしょう。

BMWはこのエンジンのスパークプラグ交換を「80,000㎞毎」と定めています。しかし、取り外したプラグを観察すれば、そこまで走れた可能性は無いと断言できます。

実は、「消耗を促進する走らせかた」もあるのですが、ヒアリングをした限りでは、少なくとも現車のオーナーがそれをしたとは思えませんでした。それ以外の構造的要素のうち、関与の度合いが大きい部品は O2センサー(=ラムダセンサー)ということになります。

▲ 排気マニフォールドとラムダセンサー(左ハンドル用)

現車は、エキゾーストマニフォールド一体型の触媒に、合計4本のO2センサーを装備しています。この内、燃焼温度に関与できるO2センサーは、触媒上流側の2本です。

今回は、触媒上流側の2本のみを、新品に交換します。


右ハンドルと左ハンドルでは、作業性が異なるので注意しましょう。右ハンドル車はステアリングシャフトとの干渉を避けるため、専用のエキゾーストマニフォールドを使用しています。このため、目標の部品が見えているのに容易に外せないという、いささか「もどかしい作業」になります。



触媒上流側のO2センサーを2本とも交換したら、故障コードを全消去して燃料補正をリセットします。データストリーム機能で新しいO2センサーの出力を観察しながらエンジンを再始動しましょう。


あれ?
なんだか・・・。


始動後(Key On Engine Run)、バンク2(#4,5,6cyl.)のO2センサー出力が、0Vに低下しています。出力数値が上昇して反応が始まっているバンク1(1,2,3cyl.)とは対照的。

触媒下流側の2本のデータも重ねて観察。下のグラフからは、バンク1(#1,2,3cyl.)がバンク2(#4,5,6cyl.)より、リッチな(=濃い)燃焼状態であると読み取れます。


完全暖機後に、走行テストを実施します。

15分程経過したところで、エンジンチェックライトが点灯しました。
故障コードは、O2センサーの反応不良、ヒーター回路の不良を示しています。

何が起きているのか?
診断を続行しましょう。



下は、完全暖機状態で燃料補正をリセットしてから再始動したときのグラフです。

問題のO2センサー(B2S1)の出力数値は0V。スロットル操作でレーシングすると正常なO2センサーの1/3程度の電圧で相似形を描きます。

触媒下流側のO2センサーについては、最初の冷間始動時に観察できた2本の出力差が、完全暖機後には無視できる程度にまで小さくなっていることが解ります。


前述の通り、故障コードはO2センサーのヒーター回路不良を示しています。ヒーターが重要な役割を果たすのは、エンジンの排気による加熱が不十分なとき。

テスト時は完全暖機後で、チェックエンジンライトを無視すれば走行に支障はなく、アイドリングも安定しています。バンク1(1,2,3cyl.)と バンク2(#4,5,6cyl.)で、排気温度が違う程の燃焼不良が起きているとは考えられません。


現車のO2センサーは、B1S1(1,2,3cyl.)も B2S1(#4,5,6cyl.)も、新品です。
その事実に診断結果を照らして、車体側の配線を点検することにします。

この点検前に立てた仮説は、以下の通り。

□ O2センサーのカプラーに接触不良がある
□ O2センサーからDMEまでの配線に欠陥がある
□ O2センサーが不良品である

一般的なサーキットテスターを使って、順番に確かめましょう。



順番に確かめているうちに、あることに気付きました。

O2センサーB1S1とB2S1は、カプラーの形状が同じで配線の長さに余裕があります。カムカバー右側に配線を固定するクランプを外せば、相互に入れ替えるテストが出来そうです。

B1S1センサーをB2S1カプラーに結合し、B2S1センサーをB1S1カプラーに結合する。
その結果得られたグラフは、以下の通り。


カプラーを分離すると、DMEはO2センサーが故障または破損したと判断し、O2センサーの出力波形を中央値である約0.42Vに固定します。この制御は、B1S1、B2S1とも、正常に機能していることがグラフから解ります。

そして、B1S1とB2S1のカプラーを入れ替えると、出力0Vで横這いになるバンクが、B2からB1に変わりました。下のグラフの左右の端にそれぞれ見られる鋸刃状の波形は、どちらも同じO2センサーが描いたものです。

・・・ と、い う こ と は ??


・・・新品O2センサーの、初期不良ですね。

事の顛末を詳しく伝え、データを付けて提出したところ、FTECの部品問屋さんは快く返品を受け付けてくれました。ありがたいことです。

おかげで、オーナーには追加のお時間を頂戴しましたが、費用の追加は生じませんでした。

O2センサーB2S1を、健全なものに再交換。
故障コードを再び全消去して、燃料供給の補正をリセット。



エンジンを再始動させたときのデータを、ご覧ください。

O2センサー4本の出力値は、KOEOで0.42V付近に纏まっています。
4本のグラフが分かれ始めるポイントがエンジン始動、以降右側がKOERの領域です。


始動直後に、紫色のB1S1 と 暗黄色のB2S1 のグラフが上昇曲線を描くのは、DMEによる始動増量制御の影響です。

触媒下流側のO2センサーは、水色のB1S2(数値の重なりによって見えづらい)と、橙色のB2S2。これらのグラフは、僅かに上昇してから中央値0.42Vで横這いになっています。


イグニッションONの時点で、4本のO2センサーにはヒーター電源が供給されます。

それぞれのO2センサーにも公差はあるので、有効な出力数値をDMEに返し始める時期にはズレがあります。DMEは制御を誤らないように、始動直後のO2センサーが返す数値を無視してエンジンを制御します。

下のグラフの右端付近、エンジン始動後3分30秒あたりで、水色のB1S2 と 橙色のB2S2の数値が、相次いで下降を始めます。これは、DMEが触媒の暖機に必要な時間帯が過ぎたと判断して下流側O2センサーの数値を制御に採り入れだしたことを表しています。


下のグラフの中央付近では、約15秒間にわたって4本のO2センサーの出力数値が0.1V付近で横這いになっています。この段階で、すべてのO2センサーの暖機が完了しDMEが採用できる出力数値を返し始めています。

つまりDMEは、O2センサーを無視したエンジンの暖機中であっても、限界まで燃料噴射量を薄く絞って供給しているということです。

やがて右側に鋸刃状のグラフが現れ、DMEがO2センサーの出力数値を採り入れる「フィードバック制御」が始まります。紫色のB1S1 と 暗黄色のB2S1 のグラフが0.1~0.8Vの間で激しく振れ、DMEはその都度燃料噴射量を増減させます。

水色のB1S2 と 橙色のB2S2 のグラフは、フィードバック制御を始めると同時に一気に0.8V付近まで上昇して横這いになっています。触媒下流側O2センサーの出力数値は触媒の浄化能力を評価する要素なので、このままの状態が長く続くと、触媒を交換せよという故障コードが示される可能性があります。


O2センサーが正しく機能するということは、燃料噴射量が適正化されるということです。これによって燃焼が最適化されるので、燃料消費量が減ります


「薄すぎる状態を改善する」
「以前より濃くする」
「燃費は悪化する」

というのは、誤解です

エンジンが本来の出力を発揮しないと余計にアクセルを踏むのが人間なので、おなかがすいた馬を鞭でシバキあげるような事になります。このような事態が経済的であるはずはなく、後々手痛い代償を払わされる破目になることは、確実です。


BMW M54型エンジンのO2センサーを交換する記事は、以上です。

新品に不良品が混入する可能性は常にあるので、先入観に囚われないように気を付けましょう。今回の作業について省みれば、あの「もどかしい作業」の反復を避けたいという思いが、回り道をさせたかもしれません。

人間の都合などお構いなしに故障するのがクルマだと、よく覚えておきましょう。


おまけの動画は、M54型エンジン搭載のE46が草レースを盛り上げている様子。

BMWワークスのレースレジェンドとは無縁のエンジンですが、コンサバティブで生産量が多く、状態の良いベース車両を入手しやすい点が評価されているようです。

クルマを安全に楽しく、長く楽しむこと。
それが地球環境の保護に繋がるのなら、FTECにとって無上の喜びです。