埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

C1500のエアコン修理・3/3

シボレー C1500 エクステンドキャブ(1991年式)です。

元々は、エアコンの修理で入庫しました。


新品ダッシュボードを取り寄せました

前の記事で、クーラーガスの経路にあたるすべての構成部品を交換する工程を解説しました。エンジンルーム側とキャビン側で、2回に分けて記事にしています。

この記事では、「配線」と「ダッシュボード」の修理作業を解説します。

「エアコンの修理と何の関係が…」

と思った人もいるでしょう。

写真だけでも、眺めてみてください。
配線もダッシュボードも、「今やらなければ」ときっと思えるはずです。


クーラーガスの流路にあるすべての部品を入れ替える。
エアコンの大規模修理は、広範囲に亘る脱着をともないます。

完成車のエアコンが効くのは、あたり前のことです。
ここで意識するのは、「失う機能があってはならない」ということです。


広範囲に亘る分解と脱着。
初手で外すのは、バッテリーです。

何年もの時間、何人ものオーナーのもとで生き延びてきたクルマには大抵、後から追加された配線があります。現車は、平成2年(1991)式。当時は、ETCも存在しない時代です。


写真の黄色い配線は、ひと目で後から追加されたものとわかるでしょう。
これはファイアウォール(=バルクヘッド)を貫いて、後部座席に伸びています。

サブウーファーの電源線で、AWG10(=5.5sq)の太さです。
片方には、ヒューズがありません。


この線がショートすると、経路のどこからでも火の手が上がります。

ショートした時点で配線が赤熱し、ショートした場所ではなく、

「配線の経路にある一番燃えやすいもの」

が、発火するのです。

「請け負ったのはエアコンの修理だから」と言って、見ない振りをするのは簡単です。
しかし、その態度でこの修理を完遂することは、断じて不可能です。

その理由は、この先の写真を眺めていくだけでも解るでしょう。


FTECでは、タイラップを、こうは切りません。
エッジで皮膚を切創するからです。

アルミ製のパイプは、高圧側のクーラーパイプです。

クーラーガスR134aは、2.5MPa時の飽和温度が77.6℃。
コンデンサーで過冷却液状に戻されても、50~60℃はあります。

自動車用配線の絶縁被覆が、この温度で損なわれることはありません。
でもそれは、静的な状態で保証された温度に過ぎないのです。


黒色のHVAC(=Heater Ventilation & Air Conditioning)ユニットが、ダッシュボードの下に見えます。これを取外して分解し、中の熱交換器を交換するのが第一の目標です。

その付帯作業として、ダッシュボードを取外します。
ダッシュボードを取外すには、後付けのアクセサリーも外さねばなりません。

「失う機能があってはならない」

という、大前提を思い出しましょう。


後付けのアクセサリーの構成を、分解前に把握します。

現車は、1DINのヘッドユニット、コアキシャル2Wayスピーカー+ツイーター、4チャンネルDTVチューナー、モニターでTVとDVDを視聴できる構成となっています。当然、ETCも付いています。

この分野で、新しい提案はしません。

「失う機能があってはならない」=「すべて元通りに機能する状態に戻す」

この目標に、集中します。



ダッシュマットを取り除くと、ダッシュボードが酷く痛んでいることが判ります。
紫外線の影響で、枯れ枝のように割れて原形が損なわれている状態です。






灰皿の奥に、追加した配線が押し込まれています。
動く場所には、ショートや断線のリスクがあります。


このインジケータは、運転席のシートベルト警告灯。
日本の法律が改造を要求することもある、と覚えておきましょう。


配線の施工に携わった経験のある自動車整備士なら、このへんの写真をひと目見ただけで

嫌 な 予 感

がするでしょう。でも、まだまだここは、序の口です。


凄い数のエレクトロタップですね。。。


余った配線は丸めて押し込む!
繰り返しそうされてきたクルマです。


丸める、押し込む、絡める、縛る。
そのように施工された配線は、ダッシュボードの取外しを阻害します。

純正の配線は、当然生産ラインで組立てやすいように施工されています。
後付けの配線を施工する際は、まず純正配線のルートを通すことを検討しましょう。



配線の加工は、現在使用中のアクセサリーのためだけに施されているとは限りません
アクセサリーを取外しても、配線を元通りに直す整備士は滅多にいないのです。



ダッシュボードが取り外され、HVACユニットが露わになりました。

ダッシュボードに絡めて分離できないように繋がれていた後付けの配線は、タグをつけたうえで切断する必要がありました。

これらの配線を、いま整理せずにいつ整理できるでしょう?


後付けの配線は、時間に追われながら施工されたと見受けられます。
常時B+、ACC、GRDの他、作動信号の入出力線をともなうケースが一般的。

配線する目的が同じでも、それを実現する手法は作業員によって違います。
絡み合った配線を解きながら、どんな作業員がどんな思いで施工したのかを考えます。


モジュールのカプラー付近にも、容赦なくエレクトロタップが。
こういう手法は、接触不良のほか、引っ張りによる物理的破損にもつながります。

この場合、純正の配線を確かなものに回復させてから、後付けの配線の意図を探ります。


シボレーのC/Kトラックは、アメリカの商用車として標準的なパッケージを備えています。
それでも、ダッシュボード周辺に大量の後付け配線を通すゆとりはありません。

先述した、丸める、押し込む、絡める、縛る。

「とりあえず足元にだらしなく下がってこなければいいや」

その繰り返しで行き付く先にあるのが、この状態といえます。
心情的にも技術的にも、ただ元通りにして組み上げることはできませんね。



取り外したダッシュボードを観察。

紫外線で脆くなっていることは、先にも述べた通りです。
ダメージは深刻で、特に上面は ”鳩サブレー” のような剛性しかありません。

元々の材質は、ベークライトのような熱硬化性樹脂です。








このダッシュボードも、元通りに組み立てることはできそうにありません。
何しろ、自重でバリバリと割れてしまいますので。

そして、表題の写真に至る、というわけです。C1500の横に置かれた巨大な段ボール箱は、新品ダッシュボード(=ダッシュコア)が入っていた物です。


HVACを取外します。

ここまで読んでくれた整備士のあなた!

さては、この手の修理が好きですね!??

やりたくなったら是非、FTECに連絡を!!



後付けの配線を整理するコツは、やった人の気持ちを考えることです。

いつ、何のために、何故そこから、と考えながら配線を分解していくと、すでに取り外されているアクセサリーが何だったのかも、だいたい見当がつくようになります。

現車にはおそらく、VIPERやクリフォードなどの、エンジンスターター付きのセキュリティシステムが装着されていた時期があったと思います。







傷ついた配線を、見つける度に繕っていきます。
エレクトロタップは取り除き、純正の配線を確実にすることが最優先です。













端子を抜くにしても、もう少しやりようがあるだろうと思いますが…
抜かずに目的を果たす配線方法も、実はあるのですがね。

作業域や作業時間の制約が判断に影響するので、これをした整備士が悪いとは一概には言えません。ただ、故障なく動き続ける配線を施工するのが良い整備士、とだけは言って良いでしょう。









これも、看過できない危険な状態です。
黒色のプラスチックは不導体ですが、クリップに芯線と同じ電気が流れます。


ラジオは聴かないと聞いていたので、発掘したアンテナ線は交換しません。
ここで大事なことは、完全に除去しないことです。

ラジオを聴きたくなった時に、新しいアンテナ線を引き込みやすくするために、破損した先端を切除して、キャビン側に固定します。








いかがでしょう?
だいぶスッキリしてきましたね。


この作業に没頭していると、後付けの配線を全部イメージすることができるようになります。

常時B+、ACC、GRDは、確実な配線を新たに作製して複数のアクセサリーをまとめます。同じ目的の線同士で長さを合わせたり、純正の配線のルートに合わせたりすると、予後の整備がとてもスムーズになります。

FTEC以外の整備士がバラしても理解しやすい配線、を目指します。


HVACユニットを載せました。
この中身を整備する内容は、前の記事で詳しく解説しています。



配線が決まったら、ダッシュボードを組み替えます。
この時点ではまだ、エンジンを始動させたりアクセサリー類を動かしたりはできません。

完全な配線ができているか否かは、何度もイメージを反芻する必要があります。ダッシュボードを組んでから配線を直す羽目になると、妥協を強いられるかもしれませんから。


新品のダッシュボードコア。
社外品ですが、35年前のクルマのダッシュボードが新品で買える
アメリカの自動車市場の厚みには、万度驚かされます。


こちらは、退役するダッシュボードコア。
付属品を取外して、新品のダッシュボードコアに組み替えます。




新旧ダッシュボードコアの比較。写真上が新、下が旧。
1箇所、旧には有るダクトが、新には無い


この部分が違います。



問題のダクトは、ドアガラスに風を吹き付けてドアミラーを見やすくするためのもの。
ダッシュボード左右端のベンチレーターの、オプションのようです。

現在入手できる新品ダッシュボードコアは、これしかありません。
対策を検討し、ダクトのみを移植することに決めました。


旧ダッシュボードから、ダクトだけを切り取ります。
何しろ ”鳩サブレー” のような状態ですから、切る方法も手探りになります。
鋸刃で切ろうものなら、粉々になりかねません。

結局、薄刃のパネルカッターが一番安全に切れると判明。
綿毛のように見えるのは、熱影響で生じた素材の一部です。




ダクトだけを、切り取れました。
余計な部分をベルトグラインダーで削り落とし、新しいダッシュボードの内側に合わせます。



新しいダッシュボードは、社外品。
形状は忠実に再現されていますが、35年経った古いダッシュボードと完全一致はしません。

ダッシュボードの化粧面(上面と正面)を損なわずに、絶対に外れないように固定する必要があります。万一走行中に脱落して、カタカタ音が鳴るようにでもなれば、この工程まで戻って再修理する破目になります。

確実な固定方法に、セオリーはありません。
じっくり時間をかけて、固定方法を選びます。



ダクトの固定方法を考察している合間に、移植できる部品はどんどん組み換えます。





問題のダクトは、最終的にこの位置に固定しなければなりません。

両端の黒い部品が、ドアガラスのミラー付近に吹き出すためのダクトです。
このふたつの黒いダクトを使って、問題のダクトを位置決めします。


再使用する黒いダクトは、組付け前に洗浄します。
せっかくエアコンを刷新するのだから、クリーンなエアを感じて欲しい。








新ダッシュボードの成形不良部。
この程度の手直しで済めば、穏当です。



問題のダクトは、純正ラジオの裏あたりでも黒いダクトと嵌合します。



両端の黒いダクトを仮合わせ。

本来は、黒いダクトは最後に装着します。
黒いダクトの位置や向きは、ダッシュボード側が決めてくれます。

しかし今回は、黒いダクトで位置決めして、移植するダクトを固定する必要があります。



スクリューのフランジ部がちぎれていたので、ブチルテープとワッシャーで補修します。
ここも裏からの締め付けなので、外れたらダッシュボードを降ろすことになります。






移植するダクトの固定方法は、検討の結果「外装用のパネルボンド」に決めました。懇意にしている板金屋さんに、「接着力が強く」「硬化後も形状追従性が残る」材料をご紹介頂いたのです。


旧ダッシュボードから切り出したダクトには汚れが付着していますし、新ダッシュボードの裏には離型剤が付着しています。

双方の接着面を念入りに脱脂してからパネルボンドを施工し、黒いダクトで3箇所の位置を合わせて、移植するダクトを接着します。






パネルボンドの完全硬化まで、この状態で待機します。

組み上がった新ダッシュボードの形状には、車体に組付ける際に応力がかかると考えておかねばなりません。

硬化後のパネルボンドがその際の形状変化を許容するかは、やってみるまで分かりません。最善を尽くすのみです。


ブロアモーターのインシュレーターを組み、新ダッシュボードを組付けます。





メーターのボスを逃げる穴が、開いていませんね。
この程度のことは、もうなんとも思わないでしょう。
ヤスリ掛けと清掃を、厳重に。





コンビネーションメーターを装着。
この集中カプラーをダッシュボード側にセットするのは骨折りでした。
接着によって移植したダクトとの間隔が、極めてタイトだからです。



同じ太さで取り回されるアクセサリー類の配線は、安心して統合できます。

    黄色:常時B+
    赤色:ACC
    黒色:GRD

一般的な配線は色も統一して、できればブランクの端子を残します。
そうすることで、将来のアクセサリー変更や交換が楽になるからです。







ダッシュボードが組み上がったら、バッテリーを繋いでアクセサリー類の作動テストが行えます。ETC、TV、DVD、CD、スマートフォン、当初の機能が失われていないことを確認。




サブウーファーのスイッチ信号線は、結線されていませんでした。
ON / OFF しなければならない事情があるのかもしれないと考え、ACCからヒューズを介してギボシで繋ぎ、容易に外せるようにまとめました。




クーラーラインの気密状態を、真空引きをして確認。
ダッシュボード交換の最終工程の前に真空引きをして、3日間放置してから点検。

完全な気密が確保できていることを確認してから、再度真空引き
吹き出し口の冷風の温度を見ながら、クーラーガスR134aを充填します。




サーマルスイッチで作動する電動ファンが作動した状態で、この圧力。
これなら、真夏の渋滞でも快適な冷気を供給できるでしょう。




平成3年(1991)型、シボレーC1500エクステンドキャブ。
配線とダッシュボードを修理する記事は、以上です。

配線の修理はいつ終わるとも知れず、手抜きは必ず我が身に返ってきます。
この長い長い記事を、最後までぜんぶ読んだあなたは、勇者です!



「自分だったら、もっとうまくできる」
「こんな仕事なら、いくらでもやれる」

そういう整備士の方がもしいれば、FTECまでご連絡くださいませ。
やりがいのある仕事をたくさん用意して、お待ちしております。