埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

カローラのエンジン修理

トヨタ カローラ KE11型(1966 - 69)です。
異物を吸入したエンジンを修理して、エンジン調整を行います。

現車は、昭和44年(1969)式のハイデラックス。
初代カローラの、最終モデルにあたります。



搭載しているエンジンは OHV 8バルブの 3K-D型、総排気量は 1,166㏄。
圧縮比を 9:1 から 10:1 に高め、シングルキャブレターで制御する仕様。
シリンダーヘッド周りから、酷い打音が出ています。

プラグ穴にマイクロスコープを挿入して観察した結果、打音の原因は異物の吸入と判明。
発生から3分以内、200m以内でエンジンを停止できたことは、最善の初動対応といえます。

なお、現車のキャブレターは写真の通り、社外品です。


シャフトの動作におかしな抵抗を感じたのでキャブレターを取り外してみると、途端に謎が解けてしまいました。メインスロットルのバタフライを固定するスクリューが、2本ともありません。


エンジンの破損範囲を確認して異物を取り除くために、シリンダーヘッドを外すことにします。

K型エンジンはOHVなので、付帯作業が少ないのは救いです。一方、トヨタから購入できる部品が殆ど無いことが心配です。バルブ周りに被害が及んでいないことを祈りながら、分解作業を進めます。



トヨタに限らず、日本車は総じて部品の供給体制が貧弱です。
半世紀以上を生き延びたこのカローラの部品も、再生再使用を前提に作業にあたらねばなりません。エキゾーストパイプのナットは無理に回さず割って取り、スタッドボルトを温存します。


インテークとエキゾーストのマニフォールドを、セットで取り外します。
この判断も、交換部品を少なくする工夫のひとつ。


ナットを割って外すことで温存した、スタッドボルトのねじ山。
割らずに無理に回したら、折れていた可能性もあります。



インテークマニフォールドの中から、スロットルバタフライを固定するスクリューを摘出。吸い込んだのは、これと同じもう1本のスクリューと見て間違いありません。


シリンダーヘッドが取り外された、エンジンブロック上面。
異物を吸い込んだのは、4番シリンダー。

ピストン冠面に打痕が認められますが、シリンダーライナーは無傷です。異音が出てすぐに停止させる判断が、被害範囲を最小限に留めたのでしょう。


シリンダーヘッドを裏返して、バルブの着座状態を確認。
洗浄油で燃焼室を充たす簡易な方法ですが、揃っていることが確認できました。



損傷範囲を理解したら、対処方法が決まります。
異物によって生じた傷は、ヒートスポットにならぬよう均す。
堆積しているカーボンは除去して、嵌合面を調えます。




4番シリンダーのエキゾーストポートから、バルブシートを観察。
ガイドのガタも無く、探傷試験の結果も良好。




3K型は、メタルガスケットの時代のエンジンではありません。シリンダーヘッドとエンジンブロックの嵌合面に付着している残滓も、現代のエンジンとは異質のものです。

中途半端な清掃でオイルストーンをかけると、ガスケット抜けのリスクが高まります。
表面がドライな状態で、ワークに傷を付けずにどれだけ綺麗にできるかが清掃の要です。


良く研ぎ澄まされたスクレイパーで取り除ける残滓が無くなったら、オイルストーンをかけます。オイルストーンをかける目的は、面に出る模様が狂いを示さないか観察することです。不陸を削って均すという意識では、エンジンは仕上がりません。


ヒーターバルブのホースネック。
錆びて凸凹の表面に、液体パッキンを塗ったホースが挿さっていました。
#100程度の表面性状に調えて、正規の組付けに備えます。



ヘッドボルトも、再生再使用します。
本当は交換したいのですが、トヨタからの回答は欠品製廃
磨いて表面性状を確認し、スレッドをダイスでさらいます。





エンジンブロック上面の開放部をマスキングテープで養生し、ヘッドボルト穴の雌ねじにタップをかけて修正します。

ここに用いるタップは M10x1.25、グレードは JIS規格6H。彌満和製作所の等級ならP5が理想です。冷却水の穴と貫通している雌ねじは錆が酷いので、P4等級のタップで仕上げます。

この修正は手作業ですが、ワークの材質が鋳鉄なので柔らかめの切削油を使用します。今回の工法では、塩素系や水性の切削油は加工後の洗浄に難があるので使えません。

切削油にエンジンオイルを使うと、
一般的なパーツクリーナーで加工後の洗浄ができます。自動車整備工場には様々な粘度のオイルがあるので、総合的に判断して何を使うか決めましょう。






ヘッドボルト穴の雌ねじをタップ修正できたら、ヘッドボルトを手回しで奥までねじ込めることを、必ず確認します。

少しでも引っかかる手応えを感じたら、P4またはP3等級のタップに換えて再修正しなければなりません。この手間を惜しんで締付トルクを管理しようとしても、無駄です。

ボルトが手回しで奥まで入ることが確認できたら、入念に切粉を除去してマスキングテープを剥がします。ヘッドの嵌合面と同様にオイルストーンをかけて模様を観察した後、完全に脱脂してから新品のヘッドガスケットを乗せます。


規定の順序で、10本のヘッドボルトを締め付けていきます。
締付トルクの指定には、公差が設けられています。

入念に仕上げた中古ヘッドボルトの締付トルクは、公差の中間より上になります。
クランクシャフトを手回しして、バルブトレーンがスムーズに動くことを確認。

プラグホールのチューブとOリングも、交換します。
冷却水漏れや潤滑油漏れが、整備領域の周辺に有ってはいけません。




付帯作業で取り外した部品の再組付けの際にも、ボルトナットの修繕をします。
キャブレターとマニフォールドには、セレート付きのフランジナットを選択。

故障原因を取り除いた後の工程は、早くエンジンの音が聞きたくて前のめりになりがち。
その段階でボルトの折損などの事故を起こすと、気勢を削がれてしまいます。

はやる気持ちを抑えながら、一歩ずつ確実に進む意識が肝要です。





キャブレターのガスケットは、専用のシートから切り出します。
ベークライトのキャブレターベースを、上下から挟み込むように装着します。
インテークマニフォールドは熱く、キャブレターは冷たく保ちましょう。




組立て完了後、締付けを確認したら冷却水とエンジンオイルを注ぎます。
キャップテスターで50kPa程度の圧力をかけて、液漏れが無いことを最終確認。


オイルフィルターは、当時と同じサイズのものを装着します。
右が入庫時のフィルター、左が新たに装着するフィルターです。


スパークプラグは、NGK6番相当の、デンソー製 W20EX-Uを選択。
入庫時のプラグは5番でしたが、セッティングを変更するので標準に戻します。

ギャップは0.8ミリ。これも、1960年代のエンジンらしい設定です。





タペットクリアランスは、

・吸気(IN): 0.08
・排気(EX): 0.18 (㎜)

に、冷間でセットします。
8本のバルブは前から順に、

・排-吸-吸-排 排-吸-吸-排
  (E-I-I-E E-I-I-E)

の並びです。

クリアランスが広過ぎれば作動音が大きくなり、狭過ぎれば不調となります。
無理に運行を続ければ故障を招き、最終的にはバルブを破損します。


点火タイミングの規定値はBTDC 8°ですが、現車の3Kエンジンはマグネットピックアップ式ディストリビューターに変更されています。また、2系統あるバキュームアドバンサーは、どちらもメクラ蓋がされて使用していない状態でした。

このような条件では、

1. ディストリビューターの進角特性を把握
2. エンジンの使用回転数を見極め
3. 冷機時 / 暖機時 両方の始動性を考慮

この手順を何度か繰り返して、最適なイニシャルタイミングを決めます。
燃料ミクスチャー調整の結果次第で振り出しに戻ることも、勿論あります。

目の前にある機械の組み合わせから、最高の性能を。
その気概で、臨機応変に作業にあたることが肝要です。


中回転以上の領域は、走行テストで評価。ガバナーによる点火進角だけだった以前のセッティングよりも、伸び感のあるエンジンになったのではないかと想像します。

その後、アイドルミクスチャーを再調整してチョークシステムを調えればセッティング完了です。

現車のチョークシステムは、社外品のキャブレターの素性によって、純正よりも極端な特性でした。おそらく厳冬期でも、フルチョークを必要とするのは初爆の時だけでしょう。

くどいと思われるかもしれませんが、円滑に暖機する手順をオーナーが会得するために必要な情報を提供するのも、整備士の役目のひとつだとFTECは考えています。

乗りこなせれば、愛着も増しますからね。


21世紀も四分の一を過ぎ「エンジンは暖機するもの」という概念も、いよいよ怪しくなってきました。コールドスタートで唸りを上げる姿に驚く乗り手がいたとしても、不思議ではありません。

旧車の取扱いは教科書では学べないので、世代間の交流を通じて継承するのが最善です。生成AIに尋ねても、当分は影響力の大きい嘘に振り回されるだけでしょう。



初代カローラのK型エンジンを修理する記事は、以上です。

このカローラは、日本の自動車産業の夜明けを飾る、記念碑的なモデルといえます。アメリカで第一次オイルショックによる小型車需要が高まる以前に、純粋に日本人の幸福な未来像に組み入れるべく開発された経緯を想うと、胸が熱くなります。

・ダイキャスト製のドアヒンジ
・オレンジ色のリヤウインカー

たとえ法律で義務付けられていなくても、その方が望ましいと感じたらやる。
これこそ、日本のものづくりの原点だとFTECは思います。



このカローラ ハイデラックスの誕生から、僅か20年後に

・トヨタ セルシオ(UCF10型)
・日産 スカイラインGT‐R(BNR32型)
・ホンダ NSX(NA1型)

が、それぞれ発売されました。

日本一こそ、世界一。
そういう矜持をもって生きたいものですね。