埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

スカイラインGT-Rのエアコン修理

日産 スカイラインGT-R BNR32型(1989-1994)です。
エアコン修理で入庫しました。



FC(フルコールド)モードで、吹き出し口の温度を測定。

環境温度:29.9℃
供給温度:31.6℃


冷房能力が、まったくありません。
むしろ温めた風を供給しています。


BNR32型の純正エアコンは、全年式共通でR12仕様です。
しかし現車のエアコンは、20年程前にR134a仕様に変更しています。

--- クーラーガスの種類について ---


純正仕様のクーラーガスR12の正式名称は、CFC-12(ジクロロジフルオロメタン)。これは、

①  CFC(クロロフルオロカーボン)系ガス


です。モントリオール議定書によって環境負荷が高いと指摘されたため、平成7年(1995)には生産と販売が終了するはずでした。令和8年(2026)のいま検索すると、「R12対応」「代替ガス」「代替フロン」という名目で、様々な商品が流通していることが判ります。

これらの代替ガスの多くは、かつてのR12(CFC-12)とは、全く異なる成分の商品です。
現在流通している代替ガスの成分は、以下の2種類に大別できます。


② HC(ハイドロカーボン)系ガス


概要:現在「R12対応ノンフロン」として、日本で普及しているタイプの商品。

成分: イソブタンR600a やプロパンR290 など炭化水素ガスの混合物。フロン成分は一切含まない

環境特性: オゾン層破壊係数(ODP)はゼロ、地球温暖化係数(GWP)も極めて低く(3〜5程度)、環境負荷はほぼ無いとされる。

安全性評価:A3。低毒性かつ高可燃性米国暖房冷凍空調学会)。米国EPAでは、カーエアコン用冷媒として不承認。

使用上の注意:比重の違い。HC系代替ガスの比重は対CFC-12比で0.35~0.4。つまり、CFC-12使用の前提で規定量800gのシステムには、300g程度が適量となる。


③ HFC(ハイドロフルオロカーボン)系混合ガス


概要:R134a(現在最も普及しているフロン)をベースに、R12のシステムに適応させるための添加剤や微量の別ガスをブレンドした商品。

成分: フロン成分を含むHFC-134aが主成分。圧力特性をR12に近づけるために微量のR125(HFC-125)やR218(PFC-218)を、CFC-12仕様のコンプレッサーオイル(ミネラルオイル =鉱物油)との親和性を高めるためにイソプタンR600aプロパンR290を添加した商品がある。

環境特性: オゾン層破壊係数(ODP)はゼロだが、地球温暖化係数(GWP)は1000~1430(対CFC-12比で7~8分の1)。地球温暖化への影響が残るとされ、徐々に規制が強まっている。

安全性評価:A1。低毒性かつ不燃性。最も安全な冷媒。

使用上の注意:オイルの違い。HFC系代替ガスの主成分はR134aなので、CFC-12仕様のコンプレッサーオイル(ミネラルオイル =鉱物油)との親和性は添加剤次第。

①CFC系ガスと②HC系ガス、③HFC系混合ガスは、混ぜると所定の性能を発揮しません
ガスの成分も添加剤もオイルも違うので、短期間で重大なエアコンの故障を招きます。


上述の通り、現車のシステムはR134a仕様に変更しており、その際にクーラーガスの流路すべてを洗浄し、コンプレッサーオイルを  ISO VG-100のPAGオイルに入れ替えています。

これらの諸事実を踏まえたうえで、初期診断に着手。
まずは、冷房能力を失った理由を調べます。



エンジンルームのリレーボックスから、ふたつのリレーを取外します。
ひとつはクーラーコンプレッサーのマグネットクラッチ用、もうひとつは電動ファン用。

画面右の、電動ファン用のリレーホルダーに過熱の痕跡が認められます。コンプレッサーリレーのカプラーを短絡してマグネットクラッチが正常動作することを確認、リレーはふたつとも新品に交換。


エンジンを始動してドアガラスを下げ、FCモードでサイトグラスを確認。
クーラーガスが減少していることが、目視で判断できます。



システム内に残留しているガスの種類に合わせて、R134aを充填。
同時に、蛍光リークテスターも補充します。ここで使用する蛍光リークテスターは、R134a用のPAGオイルに適合する仕様でなければなりません。

吹き出し口の温度を見ましょう。
ガスの補充によって、冷房能力が回復することが判ります。



ガスの量が減っている理由は、システムのどこかから漏れているからです。

カーエアコンの修理費用は高額になりがちなので、単位期間あたりの減少量を見極めて修理の範囲を決めるのが一般的な方法です。

もちろん、何度も繰り返しエアコンが効かない現象を体験したくないオーナーが、全構成部品を一気に新品に交換して欲しいと要望されることもあります。

しかし、特に国産車の場合は、年式が古いと自動車メーカーから部品供給を受けられません。
こうした気持ちの落としどころを提案するのも、FTECの仕事の一部です。


BNR32型に限らず、車室内のユニットを降ろすかどうかで、費用が大きく変わります。
降ろしたら、漏れが有ろうと有るまいとフルオーバーホールするのがFTECの常識です。

ユニットを降ろさずに漏れの有無を知る確実な方法はありませんが、手掛かりは得たい。

湿度の高い時期にエアコンを動作させて、ドレンチューブやドレン水に蛍光リークテスターの成分を探すことには、一定の意義があるとFTECは思います。



エンジンアンダーカバーを取外して、クーラーラインの要所を点検。
紫外線灯で蛍光リークテスターの反応を探します。




コンプレッサーの主軸周辺に、蛍光リークテスターの反応があります。
ここから漏れていることは、間違いありません。

漏れているのはここだけか?が、問題です。




Oリングを用いている結合部、ラバーホースとフィッティングの加締め部は、繰り返し入念に観察します。車体側とエンジン側を繋いでいるホースは、エンジンの揺動を吸収する役割を兼務していることにも注意を払う必要があります。



マニフォールドゲージでクーラーガスの残圧推移を確認すると、見落としのリスクを減らすことができます。現車の残圧は、2~3日程度では目に見える変化なし。



エアクリーナとエアフローメータ、インテークエアダクトの一部を取外し。
油圧式パワーステアリングのブラケットとアジャスターも、取り外して作業域を確保。


蛍光リークテスターと紫外線灯による点検を継続。
コンプレッサーの主軸以外に漏れの痕跡は認められません。




コンプレッサーAss'y は、ニスモヘリテイジとして新品の供給を受けられます。これは「1年または2万キロのどちらか早い方」という条件で、初期不良に対する保証が付く商品です。



クーラーガスは、BNR32型が新車で購入できた頃と同じ R12(CFC-12)仕様。
封入されているコンプレッサーオイルは Valeo社のD-90PX。

D-90PXはミネラルオイル(鉱物油)で、ISO VG-100 という仕様です。

CFC-12対応のコンプレッサーオイルは令和8年(2026)現在も流通していますが、ISO VG は 32~64のオイルが多く、VG-100のオイルは銘柄に限りがあります。

完全な互換性が備わっていて、かつ容易に調達できるオイルは、

□ 日本サン SUNOCO SUNISO 5GS
□ 出光 ダフニーハーメチック D-90PX

だけです。いずれもナフテン系の鉱物油でVG-100、Valeo社のD-90PXと同じです。

ニスモの保証を受ける権利を保持するには、このオイルとクーラーガスR12(CFC-12)を揃える必要がある、ということになります。


ニスモのコンプレッサーのプーリーには、「ヂーゼル機器」の社標が貼られています。ここだけに注目すると、デッドストック品のようにも思えます。


ガス漏れを生じた古いクーラーコンプレッサーを、摘出します。
RB26DETT型のエンジンでは、付帯作業として吸気管をたくさん分離します。異物の混入防止に、細心の注意を払いましょう。もちろん、クーラーガスの流路に異物が混入したら一大事です。



新旧コンプレッサーの比較。当然といえば当然ですが、寸分の狂いもありません。
新品のコンプレッサーにはValeo D-90PXが封入済みの状態なので、装着前に立てたり天地逆に置いたりして、潤滑不良による万一の事故を予防します。


コンプレッサーとリキッドタンク(ドライヤー)を分離して、クーラーガスの流路を洗浄します。R134aとPAGオイルは、全て洗い流してから組立てる必要があります。


配管結合部のOリングは、全て新品に交換します。
PAGオイルに触れたOリングは再使用不可。必ず交換しなければなりません。



クーラーガスの流路は、専用の溶剤を圧縮空気で送ることによって洗浄します。この圧力と圧送する向きは、工具や材料のメーカーが推奨する通りでは限定的な効果しか得られません。現車の状態を見極めて必要な措置を選ぶ、整備士が責任ある判断を求められる局面です。

回復した性能が持続しやすい条件を整える。
この意識の有無が、修理の成否を分けます。




リキッドタンク(レシーバー、ドライヤー)は洗浄できないので、交換します。
圧力スイッチ付きの状態で、2026年現在においては日産部品から新品を調達できます。

タンクのIN側ポートと車体側配管の下流側に、VG-100のミネラルオイル(R12仕様のコンプレッサー用)を補充します。





下の写真に写っているのは、BNR32型と同じRB26DETT型エンジンを搭載する第2世代GT-R共通の配管レイアウト。クーラーガスの配管とホースが、ふたつのターボチャージャーの真横を通っています。

BNR32型のデビューイヤーは平成元年ですから、開発期間の大半は昭和期です。「熱橋」という言葉も無ければ、「30年後も走り続けている」という想定もありません。

大型のターボチャージャーや輻射熱の多いエキゾーストシステムに換装する際には、クーラーガスの配管とホースの熱対策も、是非見直したいところです。



ニスモヘリテイジの新品コンプレッサーを、現車のRB26DETT型エンジンに装着しました。所定の位置に滑り込ませるために分離したパワーステアリングや社外品のオイルクーラーの配管用クランプを、ひとつずつ復元していきます。こうした付帯作業を完璧にやり切ることは、整備の目的を果たすことと等しい価値があるとFTECは思っています。


配管の結合前に、新品Oリングの「据わり」を確認。嵌合面を直接目視できない箇所は、ミラーを用いて確認します。最終的には指触検査で異物の付着が無いことを確認し、規定トルクで結合します。




マニフォールドゲージを接続するチャージポートも、R134a仕様からR12仕様に戻します。
バルブコアを、高圧低圧とも新品に交換。





クーラーガスの流路が結合されたら、真空引きをして気密状態を確認します。
一日の終業間際に30分程真空引きをしてからポンプを停止させ、24時間圧力を維持できるかどうかを確認するのが、FTECの標準作業です。


前側タービンのインレットパイプ。直下のクーラーコンプレッサーを整備するために取り外したこの部品も、洗浄してから組付けます。


現車のRB26DETT型エンジンは、ニスモのソリッドマウントを介して車体に結合されています。エンジンの回転方向と、剛結合されているパワートレインの重量(エンジン+ミッション+トランスファーの合計)、このエンジンが発揮するパワーとトルクを考慮して、揺動しても不具合を起こさないかを検討します。


社外のオイルクーラーホースに、コルゲートチューブによる養生を追加しました。
理由は、パワーステアリングパイプのクランプ金具の角が、オイルクーラーホースのメッシュ部に傷を付けることが判ったためです。




配管や配線は、繋がってさえいれば当面は機能します。しかし、10年間ノートラブルで済む繋ぎ方と5年間しか性能が持続しない繋ぎ方の差は、確実に存在します。たとえその差が明るみに出るのが5年後であっても、やったほうが良いと知っている整備士は気付いたことをやるべき、というのがFTECの価値基準です。





クーラーガス流路の気密状態確認後、再び真空引きを実施。いかなる場合においても30分以上は真空引きをして、配管内の水分を完全に除去します

その後エンジンを再始動し、クーラーガスR12(CFC-12)を充填します。
ニスモの保証条件を考慮して、今回は蛍光リークテスターは充填しません。


今回の整備は、ガスもオイルもBNR32型の設計通りの仕様に戻す内容なので、サイトグラスから得られる情報も信用できます。下の写真ではサイダー状の白い泡粒が流れていく様子が見えるので、ガスの量は不足していると言えます。



更にクーラーガスの充填を進めていくとサイトグラスは透明になり、滅多に泡粒が見られなくなります。この時のマニフォールドゲージの数値を見て、環境温度と吹き出し口の温度を勘案し、最も冷える充填量を見極めます。




FC(フルコールド)モードで、吹き出し口の温度を再測定。

環境温度:33.2℃
供給温度: 4.7℃


冷房能力は、申し分ありません。
今回のエアコン修理は、これで完了と判断します。


もし車室内ユニットを降ろしてフルオーバーホールしていたら、冷気の供給能力は更に向上したでしょう。なにしろBNR32型のエアコンユニット(HVAC)にはフィルターさえ付いていないので、汚れによる熱交換効率の低下が著しいからです。

エバポレータを綺麗にしてエキスパンションバルブを変え、エアミックスドアの気密シールを貼り換えればもっと過激な冷房能力を発揮させることも可能なはず。

とはいえ、エアコンの性能はクルマの魅力のほんの一部に過ぎないことを忘れてはなりません。オーナーが旧車を長く維持していくために、要点を押さえてバランスよく整備していく。そのお手伝いをするのも、FTECの役目だと思っています。

このスカイラインGT-Rが、生涯現役で走り続けられますように。