日産エクサ KEN13型(1986-90)クーペです。
パワーウインドウ破損で入庫しました。
EXAは、パルサーの2ドアクーペを独立車種とすべく、日産自動車が北米現地法人NDIにデザインさせたFFコンパクトスペシャリティカーです。エンジンは1.6リッターDOHC16バルブ、全グレード共通のTバールーフと、脱着可能なリヤゲートを備えているのが特徴です。
「風と遊ぶクーペ」が窓故障では締まらないので、生来の機能を回復させましょう。
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入庫時は、運転席側のガラスが大きく傾き、車体との隙間が開いた状態でした。オーナーに事情を聴くと、破損したウインドウレギュレータ(ガラスの昇降装置)が欠品製廃のため、修理を断念した業者が針金で固定したとのこと。
人間の手によって中途半端に組みあがっているクルマは、自然に生じた故障を修理するより面倒です。なぜなら、正しく修理された部品であれば「取り付け部に残されているボルトナットやワッシャーの痕跡がピタリと合うように組み上げれば微調整で済む」という常識が通じないからです。
ドアトリムの内側を観察。オリジナルの状態を良く保っています。
針金をほどいてドアガラスを取外し、ウインドウレギュレータを抜き取ります。エクサのパワーウインドウは、ワイヤー式のレギュレータでガラスを昇降させています。
この修理は、純正部品の欠品製廃を承知の上で引き受けています。オーナーには、レギュレータの改造が避けられないこと、ドアの外観や操作性をなるべく純正風に仕上げること等を事前の打ち合わせで確認し、手段はすべてFTECにお任せいただきました。
北米市場には、改造車用の汎用パワーウインドウキットが大量に出回っています。しかし、EXAの薄いドアに出し入れするには、パネルを大きく切開する必要がありそうです。
また、EXAのドアはサッシュレス(窓枠が無い)なので、純正と同じ軌跡を描いてガラスを昇降させるための特別な工夫が必要になります。
おまけに、ガラスの上端はTバールーフによって脱着するパネルのウエザーストリップに、正確にフィットさせなければなりません。
レギュレータ、モータ、共に製廃。 |
前述の通り、エクサのウインドウレギュレータはワイヤー式です。プレス加工されたシャシーのリベットを慎重に削除してボビンを外し、切れて絡んだワイヤーを取り除きます。
ボビンはデルリンのような素材です。風化したグリスに積年の汚れが溜まって動きが悪くはなっていますが、割れ欠けや摩滅の痕跡はありません。
パワーウインドウモータは健全です。ドライブ、ドリブン双方のギヤも、手入れをすれば再使用できそうです。ボビン主軸のガタもほとんどなし。
ボビンのクローズアップ。ワイヤーを巻き取る溝が崩れていなかったのは幸運でした。おそらく、突然ワイヤーが破断してガラスが落ち、それ以降無理にスイッチを操作せず、すぐに修理に出したのでしょう。
クルマをいたわるオーナーの気持ちが、ダメージを最小限に抑えたということです。
破損したレギュレータの構成部品を観察すると、故障発生時の状況を理解できます。
最初にガラスを上昇させるワイヤーが破断してガラス全体が傾き、それによって下降させるワイヤーが弛んでプーリーに絡まって止まった、と見受けられます。
なお、切れたワイヤーの先端をドアの中から発見することはできませんでした。最初に修理した業者が廃棄してしまったのかもしれません。
風化したグリスと固まった汚れを洗い流し、レギュレータのシャシーを点検します。
ガラスとレギュレータは前後ふたつのブラケットに2本ずつのボルトナットで固定しますが、ワイヤーで駆動するのはひとつのブラケットだけです。もうひとつのブラケットはガラス側のフレームを介して駆動するブラケットと連結され、従動する仕組みになっています。
レールが汚れたりローラーが減ったりして昇降が渋くなれば、ワイヤーの負担する重量が増加します。窓を全開にしているとき以外、上昇させるワイヤーにはガラスの重量が掛かり続けているので、下降させるワイヤーより先に切れる現象は理に適っています。
洗浄後のプーリーの動きを確認。
フリクションもがたつきも少なく、良好な状態です。
以上の点検結果と、修理後のウインドウレギュレータに求められる条件を総合的に勘案し、ワイヤーをワンオフ製作してシャシーを補強しなおすことに決めました。
言うは易く行うは難し。このワイヤーのワンオフ製作は、まさにその諺通り。
こんなに小さな留め金で、ガラスの重量と従動側ブラケットの抵抗に耐え、何年も繰り返し昇降させ続けることができるのか。
難しい挑戦を引き受けてくれた業者がひとつだけ在りました。
絡んで折れ曲がっていた下降用のワイヤーは、同じ長さで製作します。切れて元の長さを再現できない上昇用のワイヤーは、ボビンとプーリーの軸間距離の差とボビンの巻き数の差から、計算で長さを求めます。
昇降中、逆側のワイヤーには弛みが生じます。組み立て後は、どのように操作してもボビンの溝からワイヤーが脱落してはなりません。
ボビン主軸の上側を押さえるリテーナは、3本の大型リベットの替わりにキャップスクリューとナットで締め付けて脱着できるようにします。ボビンの主軸の下側は、シャシーの裏側から大径のワッシャーを溶接して支持剛性を上げました。
レギュレータ単体で作動テストを繰り返し、最適な張力を模索します。
駆動側のブラケットと2本のワイヤーの連結部。写真右側が下降用ワイヤーの先端。
圧縮コイルばねは、リミット位置での衝撃を緩和するためにFTECで装着したものです。
新たに追加した圧縮コイルばねは、折損したねじりコイルばねが請け負っていた従動側ワイヤーの弛み代を相殺する役目も担っています。
ボビン主軸上側のリテーナとパワーウインドウモータを仮組みして、ウインドウレギュレータ単体で作動テストを行います。これはテスト中の動画で、最終的にはもう1段階張力を上げて2本のワイヤーの相関関係を決めました。
次の課題は、ガラスの位置決めです。
EXAはTバールーフなので、ガラス上端のウエザーストリップはルーフパネルと一緒に取り外すことができます。下の写真で銀色に光って見える金具は、内外の気圧差やドア開閉時の衝撃によって、ガラス上端とウエザーストリップの間隔が開かないように、ガラスを外側から押さえる役割を担っています。
これでどうして、ドアを開閉できるのでしょうか??
ウインドウレギュレータとドアパネルは、4本のアジャスターで剛結されます。ガラスが昇降時に描く軌跡は、レギュレータの2本のレール形状に従います。
まず、ウェザーストリップの痕跡を頼りにガラスの前後位置を決め、次に車体中央に寄せる量を決めます。
このとき、ガラスを車体中央に傾けてセットすると、ガラス上端がウエザーストリップの金具をくぐり抜けてから起き上がる格好になり、金具の内側でウエザーストリップにフィットさせることができるのです。
なお、ガラスの上限位置は、ガラス側フレームの前後2か所に設けられたストッパーとドアパネルのストッパーとで調整します。
下の動画は、調整の最終段階です。
ガラスの上端が、金具の裏側に滑り込む様子が映っています。
これで完了かと思いきや、オートパワーウインドウのリレーも壊れていました。内部に大量の泥水が滲入していたようです。幸い、日産部品に新品在庫があったので、交換して事なきを得ました。
一連のテストで、ドアガラスの傾き量と上限位置を決める際には、
・勢いよく閉めると直前に風圧で起こされる
・勢いよく閉めるとウエザーストリップでバウンドする
これらに配慮することが肝要と思いました。
最終工程は、シャワーリングによる雨漏れ点検と、高速走行による風切り音の点検です。
現車はどちらも万全で、これならオーナーにお喜びいただけると確信しました。
日産EXAのワイヤー式パワーウインドウ修理は、以上をもって完了とします。
ワンオフ製作した部品の耐久性が証明されるまでには、時間がかかるでしょう。しかし、様々な条件要素を熟慮した上で、最善の処置を施すことができたと自負しています。
おまけの動画は、EXAがデビューした1986年当時のTVCM。
1985年のプラザ合意によって、それまで1USドル240円だった為替レートが一気に円高に振れ、自動車メーカーは高価格で高付加価値の新商品開発を急いでいました。
前例のない面白いクルマがたくさん現れたのも、偶然ではなかっただろうと思います。
前例のない面白いクルマがたくさん現れたのも、偶然ではなかっただろうと思います。
余談ですが、日産EXAは「ハイマウントストップライトを装備した最初の日本車」だそうです。それをわざわざ脱着可能なリヤゲートに配置したあたりにも、自由奔放な当時の世相が現れていると言えそうですね。
このEXAは、正真正銘のワンオーナーカーでした。
オリジナルの状態に保たれた姿は、歴史の生き証人のようです。