埼玉県狭山市の自動車整備工場、FTECコーポレーションが、主に特殊整備にカテゴライズされる業務内容を紹介するブログです。

セルボのブレーキ整備・2/2

スズキ セルボ SS40C(昭和60年式)。
前回の記事に続き、ブレーキング時の車体振動(ジャダー)を修理します。


現車のブレーキは4輪ドラム式で、同型のSS40(アルト、フロンテ、マイティボーイ)と共通です。ブレーキの修理過程で判明した、タイロッドの整備についても記述します。

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ブレーキフルードの漏れは、前下側のホイールシリンダーから生じています。
オーナーの要望で、前ブレーキ用のホイールシリンダー4個は、すべて新品に交換します。


ドラムブレーキのインナーパーツを、取り外しながら観察。
清掃する前に観察したほうが、運行状況を知る手掛かりを多く得られます

ドラム内の摺動部にはモリブデングリスを塗布しますが、グリスがダストを吸着して作動不全を起こし、設計通りの性能発揮を阻害することがあるので注意が必要です。

摺動部の古いグリスは良く拭き取って面を整えてから、適切な仕様のグリスを最小限の範囲に薄く塗って仕上げましょう。


ブレーキフルードを抜いたら、パイプのユニオンを分離します。

上下ホイールシリンダーがブレーキパイプで連結されているので、この作業は必須です。写真のようなオープンエンドレンチは早回しの段階まで緩めた後で使いましょう。最初の緩めも最後の締めも、必ずフレアナットレンチで行います。


ライニングの残量自体は十分なので、表面を整えて再使用します。


ドラムブレーキのバックプレートを、アルカリ洗剤で洗浄します。
てっきり黒色なのかと思っていたら、全部汚れでした。



清掃後の表面に足付けをして、簡単な防錆塗装を施します。


インナーパーツは、基本的に清掃点検の結果によって、交換するかどうかを決めます。

古いクルマの場合、必要な部品が入庫の段階で無かったり、不適切な部品が装着されていたり、間違った組付けがされていることもあるので注意が必要です。





パイプ先端のフレアは、元の締付けがオーバートルクで花が咲いたように拡がっていると、取り外すことはできても、取り付けることはできません。

テーパー面に傷や錆がないかを入念に点検して、組付けに備えましょう。



ライニングの表面は、漏れ出たブレーキフルードを吸って湿っています。
残量に不足はないので、ケミカルで油分を取除いて平滑に研磨します。



ブレーキドラムは、左右とも交換が望ましい状態です。
しかし、新品のブレーキドラムは例によって欠品製廃。

錆による腐食で、摺動面にクレーター状の窪みができてしまっています。このドラムには修正研磨された形跡があるので、不整を完全に均すまで再び削り込むことは不可能です。


クロスハッチに仕上がるように、布ペーパー(粒度#80~120)でドラム内側の摺動面を研磨します。ハブとの嵌合面も、異物を咬んだらすぐに気づくように清掃を厳とします。


塗装が済んだバックプレートに新品のホイールシリンダーを組付けます。


フレアのシール面に傷が無いか、異物を咬む可能性がないか、必ず目視で確認します。
これを怠ると、正規の締付トルクでシールが機能せず、オーバートルクで締付ける破目になり、結果としてパイプやユニオンを損傷します。


反対側のバックプレートも同様に、積年の汚れを落としてから組付けます。





スムーズに動かなければならない箇所は、グリスを塗りこめてあることよりも、金属面同士が平滑であることの方が重要です。

グリスの塗り過ぎによって故障に至るのは、早くても数年先でしょう。だからといって、手間を惜しんではいけません。どうすれば本来の性能が長続きするかを理解している以上、手間を惜しまずにやるべきとFTECは考えます。


新しいブレーキフルードを供給し、全ブリーダーでエア抜き作業を行ったら、液漏れが完治したかをリフト上で確認します。

ブレーキペダルに概ね25~30Nの荷重をかけて30秒以上保持し、パイプユニオンやホースに漏れがないことを確認します。その後、ドラムをもう一度外して、ホイールシリンダーのブーツ内に漏れがないことを確認しましょう。

新品のホイールシリンダーの液漏れを疑わなければならない理由は、製造日が判然としないからです。もし30年以上も棚で眠っていた部品だったら?と考えれば、容易に理解できるでしょう。


ブレーキドラムとライニングの間隔は、軸重が掛かった状態で最少となるように調整します。ハブベアリングには必ず遊び量があるので、リフトアップした状態で限界まで間隔を詰めると、引き摺りを生じる恐れがあるからです。新品ドラムが入手できれば最高でしたが、今回は修繕したドラムで最善を尽くします。

この段階で走行テストを実施した結果、ブレーキング時にハブスピンドルに掛かる衝撃的な入力を増幅させている箇所を見つけました。何処だか判りますか?

前述の通り、現車はハブベアリングにもドライブシャフトにもサスペンションにも異常は無く、アッパーマウントは新品になっています。


ブレーキの起振動が、増幅されてステアリングに伝播する。
原因となり得る箇所は、これまでの点検整備によって、操舵装置系統に絞られています。


操舵装置系統を点検した結果、ラックエンドとタイロッドエンドのボールジョイントが損耗して、一部にガタが生じていることが判明しました。振動を増幅させているのは、この部分(赤○印)です。


これらの部品にガタが生じた原因として、現車の右ロアアーム外側にあった古い打痕との関係が疑われます。真相を確かめる方法はありませんし、タイロッドエンドもラックエンドも消耗品として周知されている部品なので、交換して効果を確かめることにします。

ところが、一般的な消耗品であるにもかかわらず、スズキ純正品もOEM品も、欠品製廃で入手不能と判明。現品を実測して得た寸法データで適合が見込める部品を探しましたが、日本市場にはメーカー純正の部品番号しか手掛かりがなく、何本か取り寄せたものの一向に埒があきません。

世界市場に視野を拡げると、在庫部品の寸法データを管理している業者を見つけることができます。そこで今回は、ドイツの自動車部品販売店から購入することに決めました。


余談ですが、SS40型には800ccエンジンを搭載したSS80型という輸出仕様の兄弟車があります。世界市場ではSS80型の方がメジャーなので、SS80とSS40の部品番号を照合して適合確認をとり、SS40の修理に必要な部品を海外から輸入するというのも、有効な手段です。

日本市場に在る部品が、自動車メーカーが採番した部品番号だけではなく、現品の寸法でも管理されていれば、このような回りくどい手段を選ばなくても済むのですがね。


部品を調達したドイツの部品販売店、Okzam GmbH
初めての取引でしたが、迅速に対応してくれました。

Vielen Dank, Herr Okzam GmbH.

到着した部品を検品。
ラベルには「トルコ製」「ルノーエスパスⅣ」などと記載されています。


新旧部品を並べて比較。

寸法形状ともに、互換性はあると判断して差し支えなさそうです。

・ラックエンドをラックに締付けるための二面幅の位置
・タイロッドエンドをナックルに締付けるナットの仕様

この2点に、スズキ純正部品との違いがあります。


ラックエンドの二面幅は、純正部品が結合面に達しているのに対し、新品はボールハウジング外側に設けられています。新品の形状の方が結合面積が広いので剛性面では有利ですが、SS40はラック側が華奢なのでその利を活かせません。この形状の差によって回り止めのワッシャーは機能しないので、スレッドに緩み止めのケミカルを塗布して組付けます。




ラックピニオンの歯当たり面を清掃してグリスを給脂し、ブーツをワイヤーロックしてラックエンドの交換は完了です。


タイロッドエンドには、スレッドコンパウンドを塗布してラックエンドに組付けます。

前述の通りSS40のラックは細く華奢なので、将来ここが固着すると思わぬ破損に見舞われる恐れがあるからです。


タイロッドエンドをナックルに締付けるナットは、六角二面幅が拡大されています。

新品に付属するナットは純正品より結合面積が広く、振動の抑制に有利です。緩み止めの仕組みは、割ピンからスレッドの樹脂コーティングに変わります。ナックル側の取付面には十分な面積があるので、この利点はSS40でも活かすことができます。

この後、トーイン調整でサイドスリップ量をIN2.9ミリにセット。
ステアリングセンターをオーナー指定の位置に調整して、整備完了です。




こうして、ブレーキング時の車体振動を解決したSS40型セルボを、公道上に復帰させることができました。

新たに装着した部品と純正部品との相違点はオーナーに詳しく説明し、FTECが責任をもって経過観察にあたることを約束しています。



いつまでもどこまでも、健全に走り続けられますように!