リンカーン マーク5(1979年式)です。
法定24ヵ月点検で入庫しました。
ブレーキテスターで駐車ブレーキ(=パークブレーキ、サイドブレーキ)のブレーキ力を測定したところ、左右のアンバランスが判明したので調整します。
リンカーン マーク5のブレーキシステムは、4輪にシングルピストン式スライディングキャリパーを備えており、駐車ブレーキは後左右キャリパーのピストンをレバーで作動させる仕組みになっています。
現車の具体的な症状は、
・駐車ブレーキとして実用上問題のない制動力がある
・左右同時に効きはじめるが、右しか十分な制動力に達しない
というもの。
道路運送車両法では、駐車ブレーキは制動力が十分であれば1輪に備わっているだけでも良いとされているのですが、クルマの設計上2輪に備わっている機能の片方に不備があれば、保安基準適合とはなりません。
一体、何が起きているのでしょうか。
主ブレーキペダルを操作すると、油圧式のブレーキブースターが4輪のブレーキ圧をパワーアシストします。油圧式ブースターはタンデムマスターシリンダーを作動させ、2ウェイ油圧コントロールバルブが前後ブレーキ圧のバランスを担保します。
一般的なシングルピストン式スライディングキャリパーの背後に追加された駐車ブレーキのレバー機構は、インストルメントパネル左下の駐車ブレーキペダルによってケーブルを介して動作します。そして、この駐車ブレーキは自動調整式です。
この先で紹介するのは、正しく組み立てられ、正しく調整されたブレーキが、通常運行によって再調整を要するに至った場合の手順です。
間違った組み立てや調整がされていたり、経年劣化で機能不全に陥ったキャリパーは、例外なくフルオーバーホールが必要です。
別の表現をすると、もしこの先の手順で駐車ブレーキの調整が出来なかったら、キャリパーのフルオーバーホールが必要だと確定する、とも言えます。
前後のブレーキキャリパーをフルオーバーホールする詳細な記事は、このブログの別の場所にあります。独特の構造に興味のある方は、そちらもご覧ください。
(全5回)
フォードのサービスマニュアルには、正しく組み立てられたブレーキキャリパーにおける、駐車ブレーキの調整方法が記載されています。その手順は、
3. 駐車ブレーキペダルを踏み込む。直径1/4インチのピンが、駐車ブレーキ作動レバーに接触せずに両方のキャリパーの位置合わせ穴に収まり、かつ駐車ブレーキ作動レバーを45N(≒4.5kgf ≒10ポンド)の力で後方に動かせない場合、この調整は正しい。
5. 駐車ブレーキペダルを踏み込んでから解除する。 キャリパーの駐車ブレーキ作動レバーを後方に引き、完全に停止位置に戻っているかどうかを確認する。
【注意1】5.の状態で駐車ブレーキ作動レバーが後方に動く場合、ケーブル調整がきつすぎる。その場合は、上記の調整手順を繰り返す。
【注意2】駐車ブレーキ作動レバーが停止位置に戻らない場合、引き摺りによって駐車ブレーキと主ブレーキの機能に悪影響が及ぶ。
「症状が現れている状態で点検する」
その状態で手順1.の駐車ブレーキ調整ナット付近を見ると、駐車ブレーキ作動レバーの引き代に左右で大きな差があると判ります。
制動力が上がらない左側のレバー。大幅に引かれてはいます。
駐車ブレーキの自動調整機構がどんな構成だったか、覚えていますか?
このキャリパーのピストンには、油圧がかかる裏側にアジャスターが仕込まれており、駐車ブレーキスラストスクリューがねじ込まれています。キャリパーのフルオーバーホールやディスクパッドを交換したときは、このアジャスターでディスクとパッドの間隔を 1.59ミリ(≒1/16インチ)以下に調整する決まりでしたね。
https://ftecautorepair.blogspot.com/2016/06/LINCOLNMARKV.html |
ディスクとパッドの間隔が指定されている理由は、駐車ブレーキ作動レバーによってピストンを押し出せる量が、3つのボールを収めるふたつの連続した窪みの深さの差に依存するからです。
https://ftecautorepair.blogspot.com/2016/06/BRAKEOH.html |
駐車ブレーキが解除された状態で、レバーが完全に停止位置に戻っているとき、オペレーティングシャフトとスラストスクリューは、ふたつの連続した窪みの深い方に3つのボールを収めて、密着している必要があります。
これを実現するために、駐車ブレーキの自動調整機構は、主ブレーキの作動によって生じる油圧を用いて、ピストン裏のアジャスターを回しながらピストンとスラストスクリューの距離を伸ばしていき、ディスクパッドの摩耗分を相殺するのです。
現車は主ブレーキの制動力に左右差が無く、駐車ブレーキ作動レバー側にブレーキフルード漏れも無い状態。にもかかわらず、作動レバーが大幅に引かれても駐車ブレーキの制動力だけが上がらない。ということは、ピストン裏のアジャスターが回らない所為でスラストスクリューがピストンもろともパッド側に移動してしまい、密着していなければならないオペレーティングシャフトと3つのボールとの間隔が広がってしまっている、ということです。
現車を点検した結果、原因が明らかになりました。
フォードのサービスマニュアルに記載された駐車ブレーキの調整方法で目的を達成できないのだから、解決手段はフルオーバーホールが本筋ということになります。
次回の記事では、具体的な問題解決の方法とそれを選ぶ理由について、自動車整備士ならではの視点でご紹介します。