レクサス SC430(UZZ40型)です。
ボディ補強を含む一般整備で入庫しました。
一般整備は、MIL(エンジン警告灯)と VSC/TRC OFF 警告灯が点灯して、ドライバビリティが損なわれている問題の解決が中心になります。
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このクルマの走行距離は、114,000㎞。純正ホイールにメーカー指定のランフラットタイヤを装着しており、走行性能に支障をきたすおそれのある改造箇所は見当たりません。
前々から車体剛性に不満があったのか、前ストラットアッパーマウントにはタワーバーが、前エンジンメンバーにはリジッドカラーが組まれています。
2柱リフトにかけて、プライマリーチェックを行います。
経過年数と走行距離相応の痛みはあるものの、雑に乗られた形跡はありません。
アンダーカバーを外すと、トヨタ純正の補強ブレースが露出します。
純正の補強ブレースは、丸鋼管とプレス鋼板で合理的に構成されています。
これから装着する補強ブレースは、純正より厚い鋼板と角断面の管材を使って剛性を増したものです。これを基に、ステアリングラックやデファレンシャルを剛結するブレースを追加する、という部品構成になっています。
リフトアップしたクルマの下に、これから装着する補強ブレースを並べます。写真左奥に映っているのは、後ストラットアッパーサポートの補強材と、後ロアアームの補強板です。
エンジン直下に位置する、三角形の純正ブレースを取り外して比較。
前サスペンションのコントロールアーム軸とフロアパネルの結合部をプレス鋼板の2ピースから箱型断面の1ピースに変えることで、ブレースとシャシー、エンジンメンバーの結合剛性を向上させています。そこから前方に伸びる丸棒は、メンバーとステアリングラック付近を剛結するもの。
流石レース屋さんが作っただけあって、的を射た設計です。
手に持っているプレス鋼板の純正部品は、もう使いません。
新たに装着するブレースを仮組み。すると、問題点を発見しました。
トランスミッションのベルハウジングが干渉して、ブレースを締め込むことができません。
いちばん狭い部分に、シクネスゲージがわりのスケールを差し込んだところ。
進行方向右側には、ギリギリスケールが通りますが・・・
左側には、全く通らず。
ブレースの上に、エンジンとトランスミッションが乗り上げている状態です。
スケールが通る方にも、1.5ミリの隙間しかありません。
SC430が搭載する3UZ-FE型エンジンは、4.3リッターV8 DOHC32バルブで約300馬力。パワートレインの重量とそこにかかる負荷に配慮するなら、6ミリ以上のクリアランスが欲しいところです。
この干渉の原因として最有力なのは、エンジンマウントの衰損です。エンジンとトランスミッションが、マウントの衰損によって重力で沈んでいる、ということですね。
しかし今回は、「エンジンマウントの交換が不可避」とは判断しませんでした。
ボディを補強するという整備の目的に集中して、ブレース側に逃げ加工を施します。
ベルハウジングの真下に楔を打って、左右の触媒下部を炙って伸ばす。
徐冷して形状を観察しましたが、充分な隙間を確保するには至りません。
最も隙間の狭い部分に石筆で印を付けて取外し、アセチレントーチで局所的に炙って隙間を作ることにします。
最初にこのブレースを作った人にとっては、この対策は心外でしょう。しかし、現実には必要な妥協というものがあり、それを受け入れた方がオーナーもクルマもメリットを享受できる、という事があるのです。
何度か脱着を繰り返し、このような形状になりました。M字形をした断面の、頂点を下げています。ブレースが求められる引張りと捻じれ剛性に対する損失は軽微であり、安全で安価な解決方法が採れたと自負しています。
ベルハウジングの2本のリブの下に、それぞれ6ミリ以上のクリアランスを確保。
これなら、300馬力を路面に叩きつけても打音が出ることはないでしょう。
ちなみに、この補強ブレースを標準装備していたZ382のエンジンは、過給機が追加されて出力を358馬力に高めたものでした。当然、パワーユニット全体の重量も増すので、エンジンマウントも専用品だったのかもしれません。
そうだとしたら、このクルマに起きた干渉の問題は全エンジンマウントを変えても治らず、メンバー側の加工もやっぱり必要だった、というオチになることも考えられます。
すべての情報をオーナーと共有したうえで、この問題の最適解を示すことができました。
干渉問題が解決したので、補強ブレースの装着作業を続行します。プレス板金の純正ブレースの替わりに、箱型断面のブレースを組付けていきます。
コントロールアーム周辺と、ステアリングラックの支持部を結合。
殆ど遊びのない取付穴でしたが、一切拡大したりせずに装着できました。中心から外に向けて対称に本締めして、前側の補強ブレース取付は完了です。
純正風に仕上がった、前サスペンションからエンジン下周りの外観。
最終的には、純正のエンジンアンダーカバーも装着します。
最終的には、純正のエンジンアンダーカバーも装着します。
TOM'S Z382の写真では、エンジンサポートメンバー後方のアンダーカバーは取り外されています。両端の干渉部を切除して補強ブレースのサービスホールを利用すれば、純正のスクリュー&ナットで後方のアンダーカバーも装着できます。
アンダーカバーには、有害なスピルや騒音を防ぎ、エンジンの冷却性能を高める役目があります。自動車メーカーが要ると決めて市場に出したものはなるべく活かすのが、FTECの流儀です。
続いて、後サスペンションとデファレンシャル周りの補強に進みましょう。
ロアアームはプレス板金の舟形ですが、上面に補強板を締め付けて箱形にします。
ロアアームはプレス板金の舟形ですが、上面に補強板を締め付けて箱形にします。
ロアアームのサービスホールを利用して、上面にステンレス板を締め付けています。
上面を覗くと、このようになります。
前後から2枚のステンレス板を差し込み、互いにボルトナットで結合する仕組みです。
前後から2枚のステンレス板を差し込み、互いにボルトナットで結合する仕組みです。
フロアトンネルを補強する純正の補強板。
ホイールベース中央付近という事情もあり、路面側に打ち付けた痕跡があります。
ホイールベース中央付近という事情もあり、路面側に打ち付けた痕跡があります。
この補強板は、新たに装着する補強ブレースの一部と置き換わるので問題なし。
ボルト4本は、新品に交換します。
四角く空いた穴の下辺中央に、グレーに変色した部分があるのがわかりますか?上方に向けて弓なりに変形した純正の補強板が、マフラーと干渉した痕跡です。
ここに限らず、ボディ補強のプロジェクトで完成後の打音は致命傷です。
走行中に打音を生じそうな箇所を見つけたら、目を背けずに対処することが肝要です。
純正の補強ブレースと新たに取り付ける補強ブレースの対比。
ロードクリアランスが厳しいことは、トヨタも当然知っています。限られたスペースを純正の補強ブレースと共有するために、トヨタ純正のマフラーには逃げが設けられています。
トヨタの「仕事の流儀」が垣間見えるようで、興味深いところです。
ロアアームの後方を、スタビライザーブラケットと結合。
デファレンシャルを下側から組付けられるように開口していたメンバーを、新たに装着する補強ブレースで閉じます。
ロアアーム前方のコントロールアーム支持部をデファレンシャル前側と結合。
新たに装着する補強ブレースは、タイトなスペースに上手く通されています。この設計で製品化するのは、さぞかし苦労が多かったことでしょう。その執念に感服します。
後メンバーの左前端に、変形がありました。このような時は、ここ以外のボルトを締め付けて位置関係を観測し、何処をどれだけ修正すれば良いかを確かめます。
当然、修正後は面一になり、ボルト穴が正確に合うようになります。
前側と同様に、純正風に見えるでしょうか?
これだけ入念な補強を施せば、トラクションの向上は約束されたようなものです。
続いて、後サスペンションのストラットアッパーの補強板を交換します。
内装を分解する時も、この整備の趣旨を忘れてはなりません。たとえ部品交換が正しくできていても、走行中に打音が出たら失敗です。
欠けているクリップ、遊んでいるカプラー等を見つけたら、見過ごさず対処するのが整備士の使命です。袋状になっているパネルの底に、割れたクリップの破片や硬いゴミが落ちていないか、念入りに調べて掃除をしましょう。
完成車の乗り味を決めるのは、細かな思慮の積み重ねだとFTECは信じています。
完成車の乗り味を決めるのは、細かな思慮の積み重ねだとFTECは信じています。
薄板の純正品を、床下に用いた補強ブレースと同様の構造を持つ部品と交換します。
これはエンジンルーム側ですが、カバーのクリップが欠損しています。
走行中に何かのきっかけでこういう場所から打音が出ると、ボディ補強を施したクルマとしての品質を疑われることにもなりかねません。
何のための整備か、常に目的意識をもって作業に当たることが肝心です。
何のための整備か、常に目的意識をもって作業に当たることが肝心です。
頼まれていないから、面倒そうだから、そんな理由で見て見ぬふりをしたら、他の場所にかけた時間も手間もお金も、全部水の泡になってしまう。
出庫の瞬間まで、全方位から細心の注意を払うのが整備士の使命だとFTECは思います。
ボディ補強の工程も、このあたりまで済むとテスト走行で効果を測定するのが待ちきれない気分になってきます。
しかし、現車にはまだ MIL(エンジン警告灯)と VSC/TRC OFF 警告灯が点灯して、ドライバビリティが損なわれている、という問題があります。
次回以降の記事では、警告灯の点灯などの一般整備領域の作業と、ボディ補強の効果を活かすシャシー整備の仕上げをご紹介いたします。